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《つかの間の平和》四章

 二週間後の遠足当日、俺はいつもより一時間早く起きると、人間界でプリントアウトしてきたお弁当のレシピを眺めていた。

 『たまごサンドとアスパラベーコン、彩りにミニトマトのバジルマリネを添えて』

 こんなお洒落な食い物、自分が食うためには作らない。マヨネーズをぶっかけて個別に食べるだけだ。というか、二六歳のオトコが早起きをしてお弁当を作っているという事実がまず非現実的だが、実はちょっと楽しかったりもする。

 これが毎日の事だとさすがに煩わしいが、たまになら一つのイベントだ。今日、人間界へと帰ったら新しいレシピでも調べてみよう、ウフフ。そう思いながらエプロンを着けた。

 キッチンのテーブルの上には人間界で買ってきたランチボックスが三つ、色は俺が決めた。ガロットは赤、ルイゼットは緑、ギベットはピンク。

「ほうほう、俺のセンスも良いじゃないか」

 なんてひとり言を添えながら焜炉の前に立つ。そして四ヶ月前と比べて格段に料理の手際が良くなった事に気が付いた。料理と食器洗いを同時進行で行いつつ、出来たものから詰めていく。空いた時間を使って時計のヒナにエサをやり、コイツはいつになったら巣立つのだろうかと考えたり、綺麗な紫の花を咲かせているポコラにも水をやる。

 そして、『あのぉ、食事はまだでしょうか? 息子がお腹を空かせているんですよ』なんて流暢に話すようになった独り身のゲバンシャインにも忘れずにエサをやる。

 ……ホントに誰が言葉を教えているんだよ? ルイゼットか?

 そして三人が起きてくると、朝食を取らせて、それが終わると遠足の準備をさせた。

 もう呼びに行かなくても自分で起きるようになっていた。


 いつもの様にギィの真っ黒なローブのボタンの掛け違いを正して……やらなくても大丈夫そうだな。よし、これがお前達のランチボックスだ。

「ルイ、ギィをコトまで頼むな」

「ええ、帰りも私が迎えに行きますので」

 飛行船のあるコトまではルイがギィを送って行くことになっていた。

「っておい、ギィ、まだ開けちゃ駄目だぞっ!」

 ランチボックスを渡した直後、さっそく開けようとしているギィを制しながら三人を見送ると、いつも通りの静けさが訪れた。

 リビングに戻ると、お弁当の残りを口に放り込みながら新聞に目を通す。

 『大型飛行船が本日就役、シンテイ各地の生徒を特別招待』

 それは一ヶ月前にラヴィが大棚で見つけた飛行船で、今日、ギベットが乗る予定の船でもあった。

 正直不安だった。しかしシンテイの諜報員が飛行船の内偵調査を行ったが、怪しいところは見つからず、ごく普通の輸送船だという結論に至ったし、楽しみにしているギィに行くなとも言えなかった。

 再び新聞に目を落とした時、玄関のドアをノックする音が響く。ドアを開けると、そこにはオクルさんが立っていた。

「先程、大型飛行船がノバインを発ちましたが特に異常は見当たりませんでした。武装や兵士が乗りあわせている様子も無かったですし、どうやら取り越し苦労だったみたいです」

 その言葉に俺は胸を撫で下ろした。

「じゃあごく普通の貨客船って事だったんですね」

「そうですね。ただヘンリクスに到着した後に換装される可能性もありますので、教師に扮した諜報員を搭乗させてあります。慎吾さんも知っていると思いますが、例の彼です」

 ……彼? ああ、ヴィオレットの事か。

「ヘンリクスを発つまでは彼が監視する事になっています。ただ、慎吾さんが聞いたマリエスマリフカラムという言葉の意味は結局わからず終いでした」

「飛行船の名前ではないんですか?」

「ええ、飛行船には公募で選ばれた『大鴉』という名前が付けられていました」

「そうですか……」

 多少の不安は残っていたが、これ以上考えても仕方がない事を悟り、人間界へ帰るための準備を始めた。


 俺が一週間ぶりに人間界へと帰ると、旅行代理店の壁に掛けられているカレンダーにはアジサイが色鮮やかな花を咲かせていて、店内には雨の感触が広がっていた。少しだけ懐かしい、濡れたアスファルトの匂い。

「タクトやローブはこちらでお預かりできますが、どうなさいますか?」

 初めてこの旅行代理店に来た時は気が付かなかったが、カウンターの奥には人間界へとやってきた魔術師用の試着室が設けられていて、その前では若い二人が店員と話していた。

 その内容からオガルトからやってきた新婚の夫婦のようで、二人は人間界で唯一使用が認められている上級練成魔術《口舌の再構築》を使用していた。

 あれがあれば通訳は必要ない。術者にしか効き目が無いらしいが便利よな。

 そう思いつつ、コンビニで傘を買うと硬い地面の感触を味わいながら家に向かった。


 ポストに投函されていた公共料金の支払い用紙を机の上に放り投げるとベッドに寝転んだ。見慣れた無機質で冷たい天井。妙な居心地の悪さを感じるようになっていた。

 時折、マンションからほど近い国道を過ぎ行く緊急車両のサイレンの音が響くのみ。生活音のしない静かな空間。俺一人の呼吸だけが浮いている。

 ……引っ越すのもありなのか? 

 でも、どこに引っ越そう。

 やっぱりスネイル家ってのが手っ取り早いか? 空いている部屋となると地下室になるか。スネイル家の地下には広い部屋が三つほどあったが、以前、工房として使われていた為、拷問具を始めとするガラクタが散乱していた。更に窓が無いから辛気臭い。

 うーん、やっぱり港前の風止めあたりに……しよう…………かな………………。

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