《つかの間の平和》三章
家に帰るとギィがルイと共にリビングで遠足の荷物を詰めているところで、花の模様が刺繍されたカバンの前で、ルイがギィを諭していた。
「もう準備をしているのか? まだ二週間も際の話だぞ?」
「…………たのしみ」
「ギィちゃん、どうしても持っていくの?」
ギィのクラスは一泊二日の為、着替えも持っていく予定だったのだが、彼女のカバンはピョロとデモロンで半分が埋まっていたからだった。
デモロンとは俺が買ってやった泥人形の事で、ピョロの様に鳴きはしなかったが動くことがあった。リビングのソファの上でデモロンがピョロをタコ殴りにしているのを何回か見たことがある。仲が悪いのかもしれない。
「ギィ、人形は邪魔になると思うんだが、どっちか置いて行くわけにはいかないのか?」
俺がそう尋ねるとピョロが「ブブブブブブッ」と鳴き始め、デモロンはゴトゴトと震え始めた。
「…………もってく」
ギィの意思に俺とルイは顔を見合わせた。
しかたがないので俺のバッグを貸してやることになり、無事ピョロとデモロンは一緒に遠足へ行くことになった。
――が、バッグの中からボコスカ音が聞こえる。またやりあってんのかよ。
そして荷物を纏め終わった頃、ガロがドタドタと二階から降りてくるなり雑誌を広げた。
「ねぇ、ここ行きたいっ!」
それは人間界、しかも日本の旅行ガイド誌で、空から撮影された東京タワーの写真が掲載されていた。
それを見てルイも、
「うわー、凄いですねっ! 四角い建物もたくさん」
と、声を上げているし、ガロも目を丸くしながら感嘆の声を漏らしている。
「それは東京タワーってやつだな」
「トーキーヨーターワー行きたいっ」
「でも牛頭の大塔の方がずっと高いぞ?」
「そんなの見飽きているわよ。それよりここには誰が住んでいるの?」
その質問に思わず吹き出してしまった。
「いや、そこには誰も住んではいないよ。電波塔なんだ」
「デンパってなんでしょうか?」
ルイが首を傾げた。
「電波ってのは……うーん、何というか、転変魔術の《音飛ばし》みたいな感じかな。声だけじゃなくて風景も一緒に遠くまで飛ばせるんだよ」
その説明にガロとルイは驚いていた。
「よっぽど凄い大魔導が住んでいるのね……」
「魔術の強度も高そうですね……」
住んではいないし、魔術は例えだって。
「というか、その雑誌はどこで買ったんだ?」
「買ったんじゃないよ。ノバイン港の喫茶店のオジサンがくれたの。学校帰りにカルレアとよく行くからね。あそこのしゅわーってした甘い水、すっごく美味しいのよっ!」
……ナツメさんか。
「あとねニホンゴも教えてもらったよ」
「どんな?」
「オニーサン アタシ カラダガ ホテッテ トケチャイソー」
……なに教えてんだよ、クソオヤジッ!
「ねぇ、これってどういう意味?」
「え? えーっと、そうだな……それはだな」
俺が説明に困っていると、傍らでガロの言葉を聞いていたギィがそれを真似した。
「…………お兄さん、アタシ、身体が火照って溶けちゃいそう?」
うわ、ギィのヤツめちゃくちゃ完璧に耳コピしたぞ……って真似しちゃいけませんっ!
それから三人はソファに座ると楽しそうにページをめくり始めた。言葉は読めなくとも、鮮明な写真に嬉々とした反応を示している。
そして時々、夕食の準備をしている俺の所へ聞きに来た。
「それは『スカイツリー』って読むんだ。ちなみに誰も住んでいないぞ。えっと、そっちは、ああ、確かにちょっと横倒しになった牛頭の大塔に似ているかもね。金色でウンコに見えるかもしれないけど、違うらしいぞ」
「ねぇ、人間界に連れて行ってよっ!」
ガロが俺の足にしがみついて来ると、
「…………ねー」
ギィまでもが俺の足にしがみついてきた。こらっ、また真似して、まったく。
「わかったから、離れろってっ! 今、夕飯の支度をしてるんだから」
そして次の長期休業に合わせて人間界へ連れていってやる約束をすると、三人はことのほか喜んだ。
「ちゃんとお利口にしていたらなっ! 覚えておくように」
その言葉にルイとギィはガロを見つめた。
「ねぇ、なんでアタシを見んのよ?」




