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《つかの間の平和》一章

 コトの一件から二週間、腕や喉に出来たかさぶたがだいぶ薄くなりはじめていた。

 恐怖心はずいぶんと和らぎ、また一つこの世界に馴染んだ気さえしていた。

 その日も三人を学校へと見送り、家の前の日向で猫のデルカッテさんと世間話をしているとアデリアの四人の補佐官の一人であるイザボという魔道士が俺の家を尋ねてきた。

 【目玉に剣の柄】というマスクを被った彼はノバインの統治者である港守の魔女が俺と話をしたがっていると伝えた。

「旦那ぁ、大魔女様に会えるなんて滅多にありませんよぉ」

 デルカッテさんは顔を洗いながらそう言っていた。

 そんなワケでマスクにスーツ姿という人間の正装で牛頭の大塔に着いたのは午後十七時を過ぎた頃だった。政務が終わる時間帯なのか、大勢の職員が塔から夕焼けの空へと飛び立っている。

「慎吾さん、こちらです」

 久しぶりに会うオクルさんに塔の最上階へと連れて行かれた俺は大広間の高級そうな、尻が埋まるほどの柔らかな椅子に座って待っていた。

 天井が見えない程の高さがある広間の壁には何百枚もの肖像画が掲げられていて、その下には名前が記されている。

 多くの性がノバインという事からアデリアの血族であることがわかった。

 しばらくしてドアが開く音に顔を上げると、そこには【牛頭と瞳水晶】と呼ばれているマスクを被った女性が両手一杯の書類を持っていた。

 彼女は足でドアを閉めると、大きなテーブルの上に書類をドサリと置いた。

「いやー、すまない。政務が立て込んでいてな。近頃、ちょこまかと諜報員を動かしているので忙しいのだ」

 俺は慌てて椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。

 アデリア様、本日はお呼び頂いて恐悦至極に――

「いやいや、堅苦しい挨拶はいらんぞ。人間だしな。緊張されるとコチラとしてもやりにくい。今日はこちらがお礼を言うために呼んだのだから、もっと気楽に、そうだな、アデリアとでも呼んでくれないか。こういう立場になると、初心な響きに飢えておるのでな」

「……アデリア、ですか?」

 そう言うと彼女は「ほっほーっ!」と嬉しそうな声を上げてマスクを脱いだ。

「こう長く面を被っていると脱いだ時にいささか恥ずかしいな」

 その容姿に、俺のカサブタに縁取られた喉が鳴った。

 金色の髪、透き通った瞳、艶やかな唇、艶美、婉美、美麗、佳麗、オトコはこれ以上ないくらいの麗人に出会うと、途方もなく悲しくなり、創造主に祈りを捧げたくなるのだということを知る。

「どうだ? 美人であろう?」

 彼女が自信ありげに長い睫毛を伏せた時、オトコはこれ以上ないくらいの麗人に見つめられると、気道さえ歓喜に咽び泣くのだということを知った。

「……はい」

 そんな口から漏れた肯定の言葉に彼女は「シシシ」と上機嫌に笑った。

「精神はもう年老いたおばあちゃんなのだが、こうして錬成魔術で誤魔化しているのだ。肉体も若し、胸も大きいぞ? いつまでも美しくありたいというのは不変的な女の業よ」

 そして俺に近づいてくると手を取り、手首にぐるりと残る傷を見つめた。

「すまないな、こちらの世界の事情によって人間に血を流させてしまって」

「……いえ、大丈夫ですから」

 そんな俺の言葉に彼女は柔和な表情で頷いた。

「まさかコトが動くとは思ってもいなかったからな。ツアルトのジイさまも何か掴んで居るのかもな。川津慎吾はこっちに来てどれくらいだ? もう慣れたか?」

 その後、この世界での生活についての話をしていると、アデリアは、

「そうだ、私も少し前に人間界に行っていたのだ」

 そう嬉しそうに語り始めた。

「パリって知っておるか? フランスという国の首都なのだが、そこで万国博覧会を見たのだ。もちろん川津慎吾の祖国であるニホンの興行も見学したぞ」

 俺はパリで万博をやっていた事を知らなかった。

「名前は失念したがな、オッペケペー、オッペケペーというのが耳に残っておる。ニホンではこれが流行っておるのだろう?」

「おっぺけ、ペー、ですか?」

「そうだ、面白い旋律であろう」

 ……え? し、知らないぞ。

 本当に流行っているのか? この人はどの世界軸のニホンの話をしているんだろう。

 困惑する俺を尻目にアデリアは「オッペケペー、オッペケペッポー、ペポッポーイ」と上機嫌で歌い出している。

「あの……それっていつの万博なんでしょうか?」

「それならよく覚えておる。キリが良かったからな、そちらの世界で言うと一九〇〇年の話だ」

 ……百年以上前の話じゃねーかっ! 少し前どころの話じゃない。 

「あの、それはまだ俺が生まれていない頃っていうか……」

 祖父母、いや、曾祖父母も生まれていない可能性だってある。

 その言葉にアデリアはキョトンとした後、膝を叩いた。

「おお、それはそうであったっ! どうりで子等に話しても通じないわけだ」

「……子、ですか?」

「そうだ。数が多すぎて孫だか玄孫だか来孫だか昆孫だか覚えきれないのでな、我が血筋を引くものは全て子と言うようにしておる。全員が息子であり、娘だ」

 そう笑っているが、どこからどう見ても二十代後半の容姿を持つアデリアが孫や玄孫という言葉を使うのに違和感を覚えた。それに来孫だか昆孫だなんて、人間界では使う機会はまず無い。

「河津慎吾は私の子を知っておろう? 数百人の内の一人なのだが」

 俺は記憶のフォルダを片っ端から開けてみたが、該当する人物に心当たりは無かった。

「知り合いには居ないと思うんですが……」 

 そう言うとアデリアは俺を指さした。

「それだ」

「俺が?」

 もしかして俺がこの世界の言葉を喋れたのはそのせいだったのか、と驚いているとアデリアは「勘違いするな、違うぞ」と笑った。

「そのマスクだ。そのマスクを川津慎吾に上げたのが私の子、サルキア・ノバインだ」

 ……はぁ!? 

 あのギャル魔女が、アデリアの血縁?

「そして、そのマスクがそなたを救ったのだ」

「どういうことですか?」

 詳しく話を聞くと、コトで身柄を拘束された際にこのマスクによって俺は釈放されたのだという。拷問が始まる直前、軍の上層部の人がこのマスクの存在に気が付き、アデリアに照会したのだった。

 マスクは家柄を表すもので、ノバイン家は【目玉】が象徴だった。

「コトの兵長からマスクの所在について尋ねられたから『その貴紳は娘の婿殿だぞ、コトがノバインの要人を拷問にかけるとあらば、わかっておろうな?』と、言ってやったら兵長の奴、青くなっておったわ、フフフッ」

「……ムコ、ですか?」

「川津慎吾に想い人はおらんのだろう? 私の子等なんてどうだ? 別にサルキアでは無くともいいぞ? 人間界への留学経験がある娘だとミスティ、ルシア、ルジェカ、キムレ、アーノ、ジェミ、パル、レイン、リホク、カルゲイ、オレイが未だ独り身だし、カミナ、マリカ、アキットゥ、リラはバツイチだが気立ては良い。クラーレやアリルは私に似ておる。歳上が良いならウィクやマリ、この二人はオクルやイザボと共に私の補佐官を努めておる。どうだ? こっちに骨を埋めるのも悪く無いと思うのだが」

 アデリアが壁に掲げられている幾つかの肖像画を指すと、その中の女性達が微笑みながら俺に手を振っている。

「もし男が良いならフィアやカルナンザ、この二人はシンテイ陸軍で部隊を――」

「ま、魔導士以外で、考えておきます……」

 俺の返答にアデリアは満足気に頷いた。

「そういうワケだからこれからコトでは大手を振って歩けば良い。陽流れの良い宿も私の名前を使えば一発だ。遠慮するでないぞ? せめてもの償いだと思ってくれ」

 お礼を言うとアデリアは笑顔で首を振った後、「それでは本題に移ろうか」と、手元の書類に目を落とし、ヘンリクスの動向を話し始めた。

「今現在、そなた達がもたらした情報に基づいて動いておる。戦争が始まれば人間界との転移門に大きな規制を掛けねばならぬ故、私としてもそれは避けたいのだ」

 アデリアは明言こそしなかったが、人間界にいる子等を気にしているようだった。

 そして、ラヴィがヘンリクスの大棚で見つけた飛行船はヘンリクスとコト、そしてワニグを繋ぐ大型旅客船という形でまもなく就役するらしい……が、アデリアは疑っていた。

 おそらく運用直前に武装を施して兵器として用いるのだろうと推測していて、彼女はそれを『人間的利用方法』と呼んでいた。

「既に飛行船を監視する精鋭部隊をヘンリクスに送っている。何かしらキナ臭い動きがあった際に、事故に見せかけて飛行船を破壊するようにな。正直、この世界では人間の兵器など役には立たないが、用心に越したことはない」

 そして彼女は『マリエスマリフカラム』という言葉に着いても話し始めた。未だその言葉が意味するものはわかってはいなかったが、飛行船の名前なのかもしれないという推測だった。特に重要な言葉では無いのかもしれないと。

「これ以上、ラヴィ・マクボイと川津慎吾は手伝う必要はない。正直巻き込んでしまって申し訳なく思っているのだ。これからは平穏な生活を送るがよい」

 そしてアデリアが触媒である大鎌と野球のボール程の大きさの最高級伝動石を取りだし、《糧とする包膜》と呼ばれる錬成魔術を俺に向けて放った。

 それは上級に位置する治癒魔術で、俺の腕の傷はみるみる癒えていった。

「遅くなってしまって申し訳なかったな。ラヴィ・マクボイの肋骨も治してやらなければいけなかったし、治癒魔術は最も変換効率が悪くて私ですら伝動石の補助なしでは使えないのだ」

 どうやらアデリアは錬成に長けた大魔女のようだった。

 錬成魔術は制御と共に防御系魔術に属していて、自身や対象物に魔術を纏わせる事を得意としていた。

 ポンコやヴィオレットが使っていた《縹渺たる認識》や、ギィがトトアちゃんと共にポコラに花を咲かせた《季節の緩怠》、更にはデグダ・マリー寺院に張り巡らされていた《瘴気の壁》等の防御円も、練成系である。

 すっかり傷跡が無くなった手首を擦りながらお礼を述べると、アデリアは「最後に、一つ尋ねたいことがある」とマスクを被った。

「何でしょうか?」

 それからほんの少しの間。

「スネイル家の事だ」

「………………はい」

「あの子等の両親がどうなったか、聞きたいか?」

 少し考えた俺は首を振った。

 何故断ったのか俺にもわからなかったが、たぶん、何かが変わりそうな気がしたのだ。

「そうか、なら話は終わりだ。時間を取らせてすまなかった」

 俺は深々と頭を下げ、部屋を後にした。

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