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《ムスメと家訓》三章

 そして玄関を出たガロとルイは腰のホルダーから『タクト』を抜いた。

 タクトとは魔力を通しやすい合金で出来た三〇センチ程の棒で、見習い魔女たちが使う『矯正魔具』に該当していた。きちんと魔力を制御出来るまでは他の触媒を使わず、このタクトを介して魔術を使う事になっている。

 そんなタクトを地面に向けると彼女たちの体が宙に浮かび上がった。

 どうやら最近の若い魔女はホウキを使わないらしい。この世界に来た時、その事を尋ねたら「いつの時代の話をしているのよ?」と笑われた事を思い出した。

 科学と同様に魔術も日進月歩というわけだ。

 青白い閃光が緩やかな風に舞うと、無数の魔女たちが行き交う汚い空に落ちるように飛んでいった。

 ここにはテレビも無い、ラジオも無い、もちろん車も走っていなかったが、『港と魔女の街』のキャッチフレーズ通り、魔女だけは掃いて捨てるほど存在していた。

 彼女達を見送って家に戻ろうとした時、近所に住むデルカッテさんが話しかけてきた。

「おはようございますぅ、いやぁ、今日も良い天気ですねぇ」

 散歩の途中なのだろう、斑の日向を選んでトテトテと忙しなく歩いている。

「ええ、ようやく温かくなってきましたね」

「なんというかぁ、平穏って匂いがしますねぇ」

 そう湿った鼻をピクピクさせた。

 かつて大魔導だったというデルカッテさんは、その生活に疲れ、現在はネコとして生きている。少し太めの黒猫で、毎朝、この周辺を歩きながらドロップアウト後の人生を楽しんでいた。鼠をとったり、自分の尻尾を齧ったり、洗濯物のトランクスを眺めたり。

 この世界では彼の様な存在も珍しくは無い。

 混沌に近い自由があるのだ。


 俺は静かになった空間に「よしっ!」と、掛け声を響かせて多種多様の洗濯物をかき集めたが、この世界、つまり魔界というか、よくわからん魔術の世界には電気テクノロジーは存在していなかった――いや、発展しなかったと言う方が正しいだろうか。

 故に電気式洗濯機なんてものは存在していないが、だからといって不便というわけではなかった。ここには電気顔負けの超万能力、なんでも有りのオールラウンド・エネルギー『魔術』が存在していたからだ。

 この世界では『伝動石』と呼ばれる魔力を蓄積出来る鉱物があり、そこに貯められた魔力をもって全ての動力としている。ボルタとテスラが嘆いてエジソンが喜びそうな話ではあるが魔術の伸長が電気の発展を追い越していた。

 そしてどの世界でもそうだが、技術の発展はホーム・オートメーションへと向かう。

 そんなワケで俺は家の地下にある拳大の伝動石を作動させると丸まった靴下……じゃなくてタイツとやらを伸ばし、色とりどりの下着と共にネットに詰めて、人間界で買ってきた洗剤と共に魔動式洗濯窯の中に投入、洗濯が終わるまでの三十分の間に朝食の後片付けをこなし、庭先でホウキ掛けをしている時に、ふと思いついて跨ってみたが、もちろん飛べるはずもなくガッカリしたり、玄関でルイが飼っている『ゲバンシャイン』という名前の風変りな蟲に餌をやる。言葉を覚えて話すこのウザイ蟲は、とある拷問に使うのだと次女のルイが満面の笑みを浮かべながら詳細を説明しようとしてくれたけど、俺は断った。エサ、モット、ホシイ、コドモガ、ナイテ――、うるせぇっ! お前は独身だろっ! 

 あとは玄関とリビングに置かれている、名前はなんだったけな……ポプラ、じゃなくてピ、プ、パ……ポコラだ、その怪奇な植物に水をやる。これは植物が好きな三女のギィが大切にしていた。

 そして時間でも無いのにハト時計がヤケにうるさいと思ったら餌をあげるのをすっかり忘れていたので黙らせた後、牛乳のパックを洗って解体、ペットボトルのラベルを剥がして潰している最中に柔軟剤を入れ忘れていた事に気が付いて、ルイが気に入っている薔薇の香りの柔軟剤をタイミング良く注いで、ようやく一段落だ。

 ギィの食べ残しの冷めて固くなったトーストを齧りながらソファに横になり、リビングの珍妙なハト時計に目をやるとようやく午前十時を指していたが、腹が膨れたことで寝てしまったのだろう、雛鳥は出てこなかった。

 ……随分と手馴れた感じになってきたもんだ。

 鼻で笑いながら、そう呟いた。

 こんな生活を初めて三ヶ月が過ぎていたから、そりゃ慣れてくる。

 最近になって柔軟剤は洗剤と同時に投入したら意味が無い事も知ったし、洗濯ネットの存在意義もわからなかったが、今ではタイツの畳み方と同様に完璧である。ちなみにタイツは左右半分に折りたたんだ後、つま先のほうからクルクルと巻いていき、最後はウェストテープ部分を裏返しにして――

 男の一人暮らしでは到底会得しえないであろう知識を身に着け、そして少しずつだが彼女達の事も理解し始めていた。

 十六歳のガロット、十四歳のルイゼット、九歳のギベット。

 スネイル家三姉妹の事である。

 彼女たちは小中高一貫校であるアデリア港守学校という魔術学校に通っている見習い魔女であり、二十六歳の俺に突如としてできたトシゴロの『ムスメ』でもある。

 ムスメと言っても一親等直系卑属の方の『娘』ではなく偽理のムスメって事になるらしい。よくわからないだろう? 俺もよくわかっていないが、なんとかなっている。

 生きるために深く考えない方が良い事もあるのだ。直視と逃避のスキマ。そういう事。

 そして人は他者の為に成長するのだということを実感する。

 人はやむを得ずオトナに成る。自分の意思ではどうすることも出来ない異物こそが、人をオトナにさせるのだ。


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