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《マリエスマリフカラム》二章

 地上市場に屋台で遅めの昼食を取った後、夜までは自由時間となった。

 ラヴィは自分の店で売れるものはないかと市場を巡っていて、今はワニグの商人が並べている用途不明の長い棒を手にとっていた。

「ねぇ、これってもう少し安くならないの?」

「そりゃ無茶な注文だな」

「でもさ、こんなモノ買うの僕ぐらいだと思うだよ、そうでしょ?」

 値段の交渉が始まると、長くなる。

「ラヴィ、俺はその辺をぶらぶらしてくるから」

 そう俺は寺院へと続く商道をぶらぶらと歩きながらワニグの商人達の店を見て回った。ワニグの商人達は皆、赤を基調とした羽織と、その下に前合わせ式の服を着ていた。マスクは色鮮やかな仮面で、頭全体を覆うシンテイのフルフェイスマスクとは違い前面だけが覆われている。敵国という先入観もあってか、どこか不気味だった。

 しばらく歩いていると十メートル程先で面無しの男が道行く人々に声を掛けていた。

 ……マスクを着けていないって事は、人間か?

 ほとんどが無視されていたが、彼は俺を見つけると近づいてきた。

「大魔導様、大魔導様っ!」

 またこの呼び方か。

「今、とある求人を出していましてね、良かったら話だけでも聞いてくれませんか? お得で耳寄りな情報なんですよ、絶対に損はさせません」

 こういう輩はどの世界でも妖しいものだが、今は情報収集中だ。

「一応話だけは聞くけど」

 俺がそう言うと男は嬉しそうに親指を立てた。

「その前に一つ、大魔導様は錬成魔術に関しては得意でいらっしゃいますか?」

 転変も練成も制御も全て出来ません、とは言わなかった。

「まぁ、ちょっと昔の話になっちゃうけど俺は錬成魔術技能大会で金賞を取った優秀な生徒だったんだ。詠唱技術と速度、威力、全てが芸術的と称されたのが、この俺です」

 俺がそうデタラメを言うと、男は、わぁ、すばらしいじゃないですかと、右手の人差し指と親指を合わせて自らに向けた。

 このジェスチャーは触媒を掴んでいる様子を表していて、それを自分に向けるという動作は《私は貴方様に敵いません》という意味を持っている

 もちろん他人に向ければ挑発の意味を持つ。

「あまり大きな声では言えないんですけどね、今、高額な報酬で錬成魔術を得意とする人を募集しているんですが、いかがです?」

 ヘンリクスの事情を知らない時だったら、興味ないです、と、話を終えていただろう。だが、今はキナ臭さを感じる……人を集めて何をさせようとしているんだ?

「募集ってどれくらいの人数なの?」

 俺がそういうと、男は一歩更に近づいてきた。

「これ、本当は内緒なんですけど、多ければ多いほどいいんですよ。だから定員の心配はなさらなくても大丈夫です」

「なるほど……それで仕事の内容は?」

「ちょっとそれは今お伝えする事は出来ないんです。ただ場所は遠くないですよ」

 そう彼はデクダ・マリー寺院を指した。

「期間はそれほど掛かりませんが、仕事が始まったら一週間ほど拘束時間を頂く感じになりますね」

「一週間も? 少し長いような」

「その分、報酬も良いですから、悪い話じゃないと思うんです」

 うーん、もっと話を聞いてみないことには。

「募集しているのは錬成魔術が得意な人だけなの? 転変や制御は?」

 その質問に彼は、

「質がね……」

 そう呟いた。

「とにかく、稼ぎたいなら今がチャンスッ!」

 ……それにこの男、やっぱり人間だ。

 そして彼から連絡先が書かれた紙をもらうとラヴィの元へと戻った。

 値下げ交渉が上手く行かなかったのか、肩を落としているラヴィに先ほどの情報から導かれた推測を話した。

 つまり――

 『ヘンリクスが独立に向けて兵士を募集している』

 しかしラヴィは首を捻った。

「でも、募集していたのは錬成魔術に長けた人でしょ? 本来、兵士は魔力を別な性質のエネルギーに変換する転変魔術を主に使うんだ。錬成魔術はどちらかと言うと防御寄り、技術者の魔術だね」

「そうなのか、じゃあ違うのか……」

「錬成魔術使いを集めていたとなると寺院改装の説明がつく。もっと情報を集めないと。今はこれ以上動けないから、休んでおいたほうがいいよ」

 ラヴィはそう言うと、地上市場の脇にあるベンチに横になった。


 翌朝、午前四時。

 まだ辺りは暗く、静まり返っている。商人の多くは郊外の宿泊施設へと帰ったか、テントを張ってそこで寝泊りしていたから、この時間帯に動いているのは月蜘蛛か自警兵だけだろう。

 市場へと続く細い路地でヴィオレットから託された地図を開いていると、ラヴィから鞄を渡された。

「これがシンの分」

その中にはカメラ、盗聴器、ボイスレコーダー、そして受信機が入っている。

 これから二手に分かれて偵察を行う予定でラヴィは『大棚』と呼ばれているヘンリクスが所有している倉庫街、そして俺はデクダ・マリー寺院へと侵入する。

「寺院には練成魔術の一つである《静かなる息》が張り巡らせてあって一切の魔術が使えないんだ。だけど、人間界の道具は使える。良いかい? 赤いペンで囲ってある所がヘンリクスの重鎮が集まって話し合いをする部屋だ。そこに盗聴器を仕掛けて欲しい」

 俺は頷いたが、ラヴィは不安そうだった。

「やっぱりシンが大棚に行ったほうが良いんじゃないかな? 危険な事には変わりないけれど、それでも寺院内よりは安全だと思うから」

「いや、魔術が使えないんだから俺のほうが適任だろう、それにもし見つかったら旅行者を装うから」

 俺は鞄からカメラを取り出して、

「オォーッ! ワンダフル、ビューティフル、ピクチャーオーケー?」

 その下手くそなイングリッシュにラヴィは苦笑いを浮かべた。

「本当に気をつけてくれよ。危なくなったら逃げてもいいから」

 俺はマスクを外すと人間界から持ってきた『なりきりっ! 強盗犯』の目出し帽を着けた。まさか、こんなところで役に立つとは。まぁ今は強盗犯ではなく、窃盗犯に近い。

 そして下水道へと続く鉄蓋を開けるとライトで照らした。

「大丈夫だって、それに報酬も貰っているし絶対に成功させる」

 それはポンコにあげちゃったからもう無いけどな。

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