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《石守の魔女》三章

 頭骨宮都を出ると、その前の狭い路地に沿って行商人が様々な物品を売っていた。

 瓶詰めされた指や大きな目玉なんて奇妙なものから始まり、魚や野菜などの生鮮食品、ローブや杖などの魔具、数年前の日付が見て取れる人間界のファッション雑誌、用途不明の雑貨、造られた愛玩獣人や半霊と混然一体、好奇心がそそられる。

 ここに住むなんて考えられないが、たまに訪れるには悪くはない。

 その市場から伸びる細い路地の色鮮やかな光に、俺は羽虫のように誘われた。魔術によって作られた人工的な光が人間界の繁華街を思わせる。

 しばらく歩いていると【赤種から幼芽】というアホっぽいマスクを着けた一人の男が俺の横に並んで歩き出した。

「大魔導様、何をお探しで?」

 その言葉を受けて思わず周囲を見回したが、そこには誰も居なかった。

「大魔導って……俺のこと?」

「そうです、そうです、もちろん貴方様の事に御座いますよぅ、で、何をお探しで?」

 彼が喋る度に、種から伸びた芽がピョコピョコと揺れている。

「え? ああ、飲み物が欲しいんだど、この辺りに売っているお店はあるかな?」

 俺がそう言うと、種男は膝を曲げて小さく拍手をした。

「正にっ! ウチのお店がそうなんですよぉ、お求めの店、喉の渇きと心の乾きを一気に解消しちゃいましょう、それが一番っ!」

 種男が指した先には、店先に並び、『半面』と呼ばれる顔の右半分だけ覆われたマスクを着けた妖艶な魔女達が様々な触媒を手に微笑んでいた。

 ローブ丈もかなり……短い。

「大魔導様っ! タクト振らんといけませんぜ、練成魔術は賢者級、お好みのお姿にっ!」

 なるほど、キャバクラっぽい場所か。

「……えっと、遠慮しておくよ」

 俺の言葉に客引きであろう種男は大げさに驚いた声を上げた。

「あらまっ! でもね、大魔導様、今宵の秘術、お気にめさないワケがないっ。全てが思いのまま、初恋のあの人も、身分の違う誰もかも、今は亡き愛犬も、半獣、半霊、イケナイ事だとわかっていても、ここでは全てが大正解っ! 呑んで忘れて、明日への糧にっ!」

「あのさ、それより、飲み物が欲しいんだけれど……」

「それはもちろん、わかっております。しかし、ここは大都市、肺病み、薄汚れた空気と奇妙な味付きの水しかございません。腐土に溜まった汚泥を啜るか、楽しいひと時と共に、洗練された飲み物を飲むか、そのどちらかしか無いのですよっ!」

「いや、だから、俺はただ飲み物を買いたいんだ」

 そう言うと種男は肩とため息を落として、

「わかりました、今回は諦めます……」

 と、上層を指さした。

「風止め地区に数件の食料品店があります。そこに行けば飲み物も買えるでしょう」

「風止め……って、かなり上層じゃないか?」

「ええ、でもすぐですよ、飛んで、シューンと」

 すぐって……俺、飛べないんですけど。

 しばらく考え込んだ結果、

「あの、やっぱり一杯だけ、頂いてもいいですか?」

 そう言うと、種男は大きな拍手をした後、俺を店へと案内した。

「大魔導様、いらっしゃーいっ!」


 『珍窟の種』という名前の店内は思った以上に明るく、数多くの魔道士達が楽しげに寛いでいた。足が埋まりそうなほどの真っ赤な絨毯と、中央には巨大なタネの彫刻。

「ねぇ、本当に先払いなの?」

 不安そうな俺に種男は大きく頷いた。

「もちろんで御座いますよぅ、巷には後になって法外な値段をふっかける店もあるらしいのですが、当店は先払い飲み放題っ! 肺、肝、病んでも心は病むな。それを座右の銘にやっている次第でございますぅ」

 確かに周囲を見渡しても、席を立った人々はそのまま出口へと向かっている。

 そして俺は意外と安い料金を支払うと店の奥へと進んだ。

「マスク無しの素面でよろしいんですね? 素材をしっかりと堪能すると? いやぁ、素晴らしい。それなら私のオススメはやっぱり半獣でございますねぇ、こう耳がピンッと、尻尾がフサフサッと、キラリと光る鋭いキバが……嗚呼、美しい、噛まれたいっ! なんてね、それではどうぞ、ごゆるりとっ!」

 そう種男が俺を席に案内した後、一人の女の子が俺の席についた。

 その子は病的なほど白い肌、金色の髪、唇は青く――

「こんばんは……あの、私は……ポンコ・オーゼと言います……は二十四歳……です」

 そして囁くような喋り方をする儚麗な魔女だった。

「何を……飲み……ますか?」

 まだ慣れていないのだろうか、目が泳いでいる。

「それじゃあ水を」

「かしこまり……た」

 ポンコは無表情のまま、ピッチャーを呼び寄せると俺のグラスへと注いだ。

 水を飲み干し、彼女に視線を送るとアンバーの瞳が俺を捉えていた。

「どうしたの?」

 そう声を掛けると、彼女はハッとした後、ローブから一枚の紙切れを取り出した。

「あの、お名前はなんといいますか? どちらに住んでいるのですか? ご職業はなんですか? 私の名前はポンコ・オーゼと言います、歳は二十歳です」

 どうやら会話のトピックスをメモっているらしいが、最初にした自己紹介の年齢と食い違っていちゃ駄目だと思うんですけど……。

「えーっと、名前は川津慎吾、あ、人間ね、ノバインから来たんだけど、職業は――」

 そこで俺は止まってしまった。

 俺の職業って何だ? 保護者? 教育者? どう言ったらいいのだろうか。しばらく悩んだ結果、ニンジャをやっていますと答えたが、ポンコはニンジャを知らなかった。まぁ、当たり前か。

「まぁ、その、なんだ、ニンジャってのは忍ぶ者の事を指しているというか……隠密任務に長けた覆面……と言ってもマスクとは違う覆面で――」

 ポンコは俺のおぼつかないニンジャの説明を無表情で聞いていた。

「それで……今日はどんな姿になったら……すか?」

 ポンコはセクシーローブから触媒であるデデダラ兎の右足を取り出した。

 その骨太な兎の足は魔女に人気のブランドが出している触媒だったので、二十代の魔女を中心に使用者が多く、ガロもファッション雑誌に掲載されているそれに羨望の眼差しを送っていたのを見たことがある。

「えっと、どんな姿って?」

「ここの魔女は練成魔術が……あの、変性が得意なので、お好みの姿に化……んです」

 そう言えば種男がそんな事を言っていたな。

「うーん、特に無いから、そのままで良いよ」

 俺の言葉に彼女は首を振った。

「駄目、です。私この姿だと……あまり喋れないん……す」

 と、言ってもなぁ。そう悩んでいると、ポンコは俺の手をとって目を閉じた。

「え? 何? どうするの?」

 しばらく目を閉じていたポンコが頷くと、デデダラ兎の右足を振り上げた。

「それじゃあ、想い人を読ませて頂きます……」

 そして、練成魔術に属する《縹渺たる認識》によってポンコは――

 ガロットへと姿を変えた。

「この女性が思い浮かびましたけど、想い人ですか?」

 あー、確かに、ガロだ。

 ただ、身長やスタイルだけは真似できていないようで、際どいローブはそのままだったから、俺は変な気持ちになってしまった。これは直視できん。

「あのさ、もう良いからポンコちゃんに戻ってよっ!」

「イヤです。こうしないと喋れないって言ったじゃないですか。それじゃあ次」

 俺の言葉を聞かずルイゼットへと変わり、狼狽えている俺を尻目に今度はギベットへと姿を変えた。

「これを順々に変えていきましょう。それにしてもこの女の子たち随分と幼な――」

 ポンコはそこでハッっとなって口を噤み、僅かな沈黙。

 その直後、一瞬ではあるが偽ギベットから侮蔑的な眼差しを向けられたのを感じた。

 ……あれ、もしかしてそういう趣味だと勘違いされている?

「いやっ!」

「……えっと、私はお客様の願望を叶えるべく、こうして……魔術を」

「違うんだっ!」

「性的指向は先天的なモノもあると聞きますし……」

「ちがうちがうちがう、こっちを見ろ、顔を背けるんじゃないっ!」

「……でも願望は願望のまま留めておいた方が――」

「その子たちはムスメっ! ムスメですっ!」

「……………………娘さん?」

「そう、そうです。ちょっとワケありでね」

「……そうだったんですか」

 この世界において便利なモノの一つに《ワケありでね》という言葉がある。このワード一つで、森羅万象すべての厄介な事柄に蓋ができるというわけだ。

 俺は話題を変えるべく、慌てて偽ギベットに尋ねた。

「えっと、ポンコちゃんは趣味とかあるのかな?」

「趣味?」

「仕事以外の時間は何をしているのか、とかあるでしょ?」

 しばらく考え込んでいた彼女は、何かを思いついたらしくパッと明るい表情になり、

「昼間は野盗をしていますっ!」

 そう宣った。

 ……ヤトウ?

「はい、趣味は野盗です」

「ヤトウって……人のモノを奪う、あの野盗?」

 その言葉に偽ギベットの瞳は輝きを増した。

「そうなんですよっ! ここから南に行くと灰海があるんじゃないですか? その灰海を通る商隊を狙うんです。まず先頭を飛ぶ隊長の首をハネるんですっ! でもそこで、気を抜いちゃ駄目なんですよ。ウフフ、最近の商隊も理解していて、隊長が殿を務めている場合もあるので、キチンと防御系、つまり練成魔術を使うかかどうか確かめないと、逃げられちゃうんですよ? 知っていました?」

 ……おい、随分とテンションがあがったな。

「ヘー、ソウナンダー。そういう考えは、思い浮かばなかった、かな?」

「ちゃんと頭を使わなくちゃ、私がコレですっ!」

 偽ギベットは笑顔のままデデダラ兎の右足で首を掻っ切る真似をした。

「でもさ、野盗なんて危ない事をしなくてもいいんじゃないかな?」

 そんな俺のおせっかいにルイゼットへと姿を変えた彼女の瞳から光が抜けた。

「ダメなんです……」

 一段下がったトーン、下唇に食い込む歯、パキリと折れた手の中のデデダラ兎の右足。

「ほら、私って戦争で故郷を追われたじゃないですか? 生きる術を持たないものは他人から奪うしか無いじゃないですか? 」

 あー、そういう上がり下がりする子なのね……。

「他人の幸せは肺病みの匂い、ってことわざがあるじゃないですか?」

 ……なんかメンドクセー感じになってきたぞ。

「世の中にある幸せって、常に一定だと思うんですよね。悲しみを穴に埋めても、埋めてもそこから幸せが生まれることはないんです。掘って、掘って、埋めて、埋めて、雨の後に赤黒い手が咲いても、幸せは目減りするだけなんです。だったら奪うしかないじゃないですか? 炎に追われた私が身を焦がして何が悪いんですか……」

 なんというか、トトアちゃんっぽい?

「えっと、言いたいことはよく分かるよ、うん。つまり幸せが幸せを呼ぶって事だよね?」

 俺の適当なフォローに偽ルイゼットは、

「ま、そういう事です」

 と、いつの間にか手にしていた濁り酒を一気にあおった。

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