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《石守の魔女》二章

 ラヴィと合流してノバインを発ったのが午後三時、その道中に銀針の様な細い雨に打たれたが、予定通りである午後六時半にシンテイの首都であるコトに到着した。

 今日はここで一泊した後、ヘンリクスへと向かう事になっている。

 上空からみたコトの街並みはノバインよりも更に広大で雑多だった。

 薄暗い天空へ、まるで大木のように成長した家々からは細い煙が上り、至るところから控えめな灯りが溢れていた。空を飛ぶ人々が列を形成していて、まるで巣に帰る蟻のようにも思える。この地平線いっぱいに広がる都市には一千万人の人々が暮らしているのだ。

 コトを統治しているのはツアルト・ナイゼンという大魔導で、煙霧の魔術師と呼ばれていた。彼は全ての系統の魔術だけでなく呪術にも精通している大魔導で、普段はこの都市のどこかにある『霧の楼閣』で執政を取り行っている。

 そして彼は国の最高権力者でもあり、ノバインの港守の魔女やオガルトの朽ち木の魔女よりも上位の魔術師である。シンテイ最強の魔術師であることは確かだ。

 大魔導や大魔女になると自身を色濃く反映した『特異秘術』とも呼ばれる複合魔術を有していた。牛頭の大塔のモデルになった港守の魔女の《呼び声の螺旋》や、朽ち木の魔女の《来し方の恨み根》、そして煙霧の魔術師の《彼方の望楼》がそれである。

 幾つかの系統の魔術を組み合わせる事で複雑な効果を発揮することが出来るようになっていた。要するにプログラムを組むようなものだ。

 大魔導の多くはその効力を秘匿していた為、その内容は不明だったが一度だけ大魔導の秘術を目にする機会があった。

 見せてくれたのは近所に住む猫のデルカッテさんであるが、そもそもまるまると太った触り心地の良い猫という印象しか無く、彼が大魔導であったことすら忘れていた。

 そんなデルカッテさんが使う特異魔術は《猫大行進》というなんともふざけたネーミングの魔術もので、

「名前は三日間、真面目に悩んで決めたんですよ」

 と意気揚々と語っていたがその内容は『呼び出した一〇一匹の猫が一斉に行進』をするというものだった。やっぱりふざけているじゃないか。

 この様などうでもいい特異魔術を有している奇特な大魔導もいるらしい。


 コトの最下層、光がまったく届かない肺病み地区にある安宿『頭骨宮都』の一室で俺達はシェイドが作ってくれたサンドイッチを食べようとしていた。

 近くにいくつかの屋台があるのだが、屋外へと出れば生臭い匂いが充満していて上品な鼻を持つ俺達には耐え難いものだった。ここでは本当に空気が腐っている。ネズミや泥キノコも多いし、ノバインの肺病み地区が天国にすら感じる程だった。それなのに宿の料金はさすが首都といったところ、ノバインの三倍はする。

「前回来た時に、それで痛い目を見たから今回はシェイドに作ってもらったんだ」

 ……まぁ、確かに外じゃ食えないわな。

 そうラヴィがくれたサンドイッチに齧りついた瞬間、得も言われぬ香りが鼻に抜けた。

 肺病みの腐泥でも混じっているのか?

「……あの、これ、なに?」

 口の中に広がる奇妙な塩辛さと、若干の苦味、サンドイッチを開くとそこにはマーガリンと茶色のペーストが塗られていた。

 俺の反応にラヴィは訝しげな表情を浮かべた。

「ベジマイトだけど? もしかして知らない?」

 ……どこかで聞いたことがある。

「こっちの世界の食べ物なのか?」

 明らかに人間が作り出せるようなモノではない。

「違うよ、オーストラリアの国民食、美味しいでしょ?」

 あ、そうなの? 

 納豆みたいな感じか。ラヴィには悪いが俺の口にはどうも……。

 サンドイッチを食べ終えたラヴィは部屋のシャワールームへと向かった。

「僕はしばらくしたら寝るけど、散歩してくるならどうぞ。あとホウキに魔力入れるのは出発する時だから、あまり遠くに行かないようにしたほうがいいよ」

 俺は喉の渇きと、中途半端に膨れた腹のせいで寝付けず、十分程目を閉じていたが結局、飲み物を求めて周囲を散歩してみることにした。

「うわっ、ここの水、色が着いているしヌルヌルする」

 そんな事実を聞いた後だと、部屋の水を飲む気がおきない……。

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