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《石守の魔女》一章

 三日分のカレーを作った俺は十二項目に及ぶ『毎日やることリスト』をテーブルの上に置くと家を出た。

 帰ったら手洗いとうがいをすること。

 夜更かししないこと。

 食事を済ませたら(三人で協力して)ちゃんとお皿を洗うこと。

 カレーは保冷庫に入れること。

 こまめに伝動石に魔力を入れておくこと(ルイばかりにさせない)。そんな内容だ。

 そして極秘任務故、三人にはカラスと豚金貨の買い付けを手伝うと伝えていた。

「道中気をつけてくださいね」

「…………いつかえってくる?」

 家の前でルイとギィが見送ってくれたのだが、ガロは部屋から出てこなかった。

 昨夜のケンカ―― 

 あれをケンカと呼んでいいのかはわからなかったが、こうしてガロットとの間に微妙な空気が流れてしまっている現状からすると、やっぱりそうなのだろう。

 昨日の夕食時、ガロは突然シンテイ空軍に入隊したいと言い出した。彼女も今年で十七歳になり、来年にはシンテイ空軍の入隊規約に準ずる年齢になる。

 ガロとしては食事中の他愛ないおしゃべりの一つとして入隊の話題を出したと思うのだが、そこで俺とぶつかった。ヘンリクスのキナ臭い事情を知っている俺にとって、それは手放しに同意できるものではなかったからだ。

「なぁ、ガロ。軍隊じゃ無くても良いんじゃないか? もっと色んな選択肢があると思うんだけど……どうかな?」

「色んな選択肢って? 例えば?」

「パッとは思いつかないけどさ……んー、お前は服が好きだったよな? そういう関係とかどうかな?」

「でも学校の進路希望にはもう書いっちゃったし」

「書いちゃったって……少しは相談してくれても良かったんじゃないか?」

「なんで相談しなくちゃいけないのよ? 」

「相談くらいしてくれても……」

「アタシの人生は自分で決めるの」

 こう言われると、もう俺は何も言えなくなってしまう。

 俺は血の繋がりの無い赤の他人だし、こことは価値観の違う世界の人間なのだから。

「でもさ、やっぱり危ないんじゃないかな? 死ぬ危険性だってあるわけだろ?」

 俺はあの手この手を使ってガロに再考を促そうとしたのだが、彼女は聞き入れようとはしなかった。そうなると今の俺に使えるのはオトナの意見だけだ。

 だが最初こそ論理的に諭そうとしていたのだが次第に感情的になり、衝突は激しさを増していった。論理の破綻。そして俺もまた大人に成りきれていなかった。

 いくつかの応酬、徐々に口調が強くなっていく。そして――

「人に世話してもらっているガキが何言ってんだよ!」

 その言葉に後悔の念を感じた時には、もう手遅れだった。

「…………」

 口を結んだガロの表情に心臓が激しく締め付けられた。肌を刺す後悔とテーブルに固定された彼女の視線。不快な心音が沈黙に混じる。

「もういいよっ!」

 ガロットがタクトを取り出して俺に向けると《模する地の王》という錬成魔術を俺に放った。直後、急激な視点の下降、部屋に響く轟音……俺はネズミへと変化していた。

「チュー、チ、チュー、チーチー(おいっ、俺は防御魔術を使えないんだけどっ!)」

 彼女が自分の部屋へと帰って行くと俺は椅子の上で過去最大で最小の溜息を落とした。

 赤の他人。その言葉を反芻すると、俺は悲しくなってしまった。

 なんであんな事を……って、こらギィッ!

 痛い痛い痛い痛いっ! 尻尾を掴まないでくれっ! 

 幸いにも魔術の強度はそれほど高くなく、三分ほどで人間に戻った俺はケツを擦りながらソファに横になった。

 ……彼女にとって、俺は異物だったのだろうか。

 十六歳という年齢のせいもあるとは思うが、三人のうちで最も接し方が難しいのはガロットだった。彼女はルイの様に自らのポジションを確認しながら立ちまわる事も、ギィの様に甘える事も出来なかった。歳上の他人との距離の測り方がわからなかったのだろう。

 そして俺はそんな彼女の気持ちを理解していた。

 ……何やってんだよ、俺。

 ルイとギィに聞こえないように小さく呟くと、俺はもう一度、等身大の溜息を吐いた。

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