《空を飛べたら》七章
牛頭の大塔に着いたのは午後四時過ぎだった。
その頃になると既に夜間の侵入者を防ぐ為の防御円が塔を覆うように展開されていて、淡い光を放つ、オーロラに似た障壁が幻想的な雰囲気を醸し出している。
深夜、真っ暗な港街の向こう側に浮かぶ防御円を纏った牛頭の大塔もまた好きな景色の一つだった。でも少しだけ光るウンコにも見える。
そんな牛頭の大塔の一室には壁一面にアデリアの二頭身キャラクターのポスター、棚には彼女のヌイグルミやフィギュアまでもがところ狭しと飾られていた。
「私はアデリア様の第三補佐官を努めさせて頂いているオクルと申します。主に諜報を担当していて今回、ラヴィさんにヘンリクスの調査を依頼した者です。ノバインとしては転移門の閉鎖に繋がる戦争は回避したいとの意見で一致しています」
部屋の持ち主であるオクルという青年は真面目な表情で自己紹介をしていたが、俺はアデリアに染め上げられた部屋に落ち着かなかった。
「そして今回、同じ依頼を慎吾さんにもお願いしたい。これはアデリア様からの依頼でもあります」
彼の真剣な表情の背後にはアデリアが描かれたフェイスタオルが掲げられ、そのイラストの口から伸びる吹き出しには『ごくろうさま』と書かれている。
「いや、でも俺はそんな重要な任務を……」
「ラヴィさんから伺っております」
「何を?」
「慎吾さんは優秀な特殊部隊に所属していたとか?」
……は?
オクルさんは急な話に戸惑っている俺の肩を叩いた。
「わかります、わかります。存在しないということにしておきたいのでしょう? 架空の話だと。それは私も存じ上げております。この事は口外はしません」
……いったい何の話をしているのかサッパリなんだが。
そして彼は俺に近づいてくると耳打ちをした。
「貴方がニンジャだということは、誰にも言いません」
その言葉にラヴィを見ると、彼は親指を立ててスマイルフェイスを浮かべていた。
あー、メンドクセー。グーじゃねーよ、グーじゃ。
微妙に間違っているし、末裔って話だっただろ? まぁ嘘だけどさ……調子に乗って適当な話をするんじゃなかったよ。
「それに貴方達が人間だということが何よりも大事なのです。ヘンリクスには魔力の流れを感知する防御円があり、まだ魔力が弱い貴方達だからこそ侵入が容易なのです」
「そうはいっても……」
俺が渋っていると、オクルは俺に小さな伝動石を手渡した。
それはスネイル家で見る伝動石よりも鮮やかに輝いていて、確かな熱を帯びている。
「今回の任務の報酬です。最高級の伝動石に最大まで魔力を注入してあります」
ラヴィが、「それで一つで風止め地区の一軒家が買える値段だぞ」と、耳打ちしてくる。
マジか……というか、この世界特有の性善説に基づいた報酬前払制度はやめてくれないだろうか。断り難くなるだろう……あと、俺が気にしていたからだろうか、オクルさんは「これは限定品なんですけど良かったら」とアデリアの『ご苦労様フェイスタオル』も一緒に手渡してきた。
欲しくは無かったが、別にいらなくもない。洗面所に置こう。
「あと慎吾さんは飛べないとのことでしたので、成人男性向けに特注した自動飛行機能付きのホウキを用意しました、使って下さい」
渋々引き受けたがオクルさんから貰ったホウキに跨がり、星が満つ夜空を駆けていると心が弾んだ。長さも丁度良いし、花模様も描かれてはいない。洗練されたホウキで、初めて自転車を買ってもらった時を思い出す。
頬を撫でていく夜風が心地良い。現金かもしれないが、うん、引き受けてよかったかもしれない。
「明後日、陽流れ地区で会おう。あと、この件は全て極秘事項だから口外しないように」
こうして俺は、ヘンリクスの動向を探る間者となった。




