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《ムスメと家訓》二章

 こうして全員が揃うと、ようやく朝食が始まる――が、三人が食事をしている間も休むわけにはいかない。度々睡魔に取り憑かれて意識が抜けるガロを突っつかなきゃならんし、ブビィブビィ、窓の隙間から侵入してくる泥キノコを摘んで食べようとしているギィを制しなくちゃいけないし、ブビィィィィ、床に横たわっている不細工なヌイグルミがさっきから五月蝿いし、というか、それ本当にヌイグルミなのか? 生きているのか? まぁ改めて気にするのは時間の無駄だ。それにルイのお気に入りのダージリンティを淹れなくちゃいけない……が、ダージリンを切らしていた。緑茶でも良い? そう、すまんね、明日には買っておくから。更にロボロフスキーハムスターの如く食パンに齧り付き、遅々として食事が進まないギィの口に千切ったトーストやサラダやらを放り込んでいく。シーザードレッシングでいいんだろ? 良く噛んでな……おっと、お湯が沸いたぞ、って、おい、ガロ、起きろっ!

 そうやってなんとか食事を終えると、キチンと『ごちそうさま』と手を合させ、順番に彼女達を洗面所に派遣する。まずはガロからだ、行って来い。

「………………」

 ソファに座っているガロはファッション雑誌を片手にまどろんでいた。

 その雑誌の『ゆるふわ女子 & 短めローブで絶対領域宣言、オトコをゲロミンチにしちゃえっ!』、なんて頭の軽そうな特集ページを開いたまま、だらしなく口を開けている。

 その挽き肉の写真てホンモノ……じゃないよな?

「お姉ちゃんの寝癖ってホントに頑固なんだから」

 ルイはガロの頭に向かってガシガシとヘアブラシを振っているがピコンと自己主張する寝癖はどうにも直らないようだ。

「ガロ、顔を洗って歯を磨いて来い。あと、ルイにやらせるなよ、お姉ちゃんだろ?」

「……なによぉ」

 そう口を尖らせ、長い睫の隙間から俺を睨み付けた。

 長女のガロットは十六歳、次女のルイゼットは十四歳だったが、どう見てもルイの方がしっかりしている。往々にしてある逆転現象だ。

「後がつかえているんだ、行って来い」

 その言葉にガロはブツブツ文句を垂れながら洗面所へと向かった。

「次はギィちゃんの髪をとかしてあげるね。今日は髪を二つ結いにする?」

 そうガロがソファをポンポンと叩くと、ギィの表情がパッと明るくなった。ギィは九歳になるが、その言動はもっと幼いようにも感じる。

「…………うんっ」

 そんなルイとギィの二人に俺のスケジュールを伝える。

「今日の予定なんだが、夕食の後、家に帰って必要なモノを揃えて――ん? なんだ?」

 ガロがリビングに顔を出して歯ブラシを振っていた。

「ねぇ、あの辛いヤツがもう無いんだけど」

「辛いヤツって何だよ?」

「ほら、歯ブラシに付ける柔らかいクスリ、スーってするの」

 ああ、歯磨き粉のことか。

「それなら鏡の横の棚にあるから」

 そう手を右に振った後、俺は話を続けた。

「明日の夕方には来られると思うけど朝食には間に合わ――って、今度はなんだよ?」

「無いわよ、辛いの」

「右だよ、右側の引き出しを開けてみたか?」

 ガロは当然の如く、「開けてない」

 あけろよ。

「そこだっ、そこに絶対にある。先週の特売日に買ったんだから……えっと、なんだっけな? ああ、明日の夕方には来られるけど朝食は間に合わないと思うから、今日のうちに作って保冷庫に入れておくからな。起きたらちゃんと温め――ん? ギィ、どうした?」

 目の前で大人しくスケジュールを聞いていた末妹のギィは俯きながら、膝の上で両手を握り締めていた。口を真一文字に結び、何か言いたそうにしている。

「…………あの」

「どうした? トイレか?」

 首を振ったまま俯いていたギィはしばらくしてお尻の下から一枚の紙を取り出した。

 クシャクシャになったプリントに目を通すと鮮やかな飾り文字で『参観日のご連絡』とある。こっちの世界にも参観日って存在しているのか。

「えっと、来月か」

「…………うん」

 ギィはそう言うと耳まで真っ赤にしながら俯いてしまった。

「これに俺が行けば良いのかな?」

「…………くる?」

 ギィが不安そうに俺の顔を覗きこむと、長い黒髪が白過ぎる肌に流れた。

「俺で良いなら行くよ、一応、それが仕事だからな」

 その言葉に彼女は嬉しそうに何度も頷いた。

「ギィちゃん、良かったね。しっかり勉強しなくちゃね」

 そんな次女の言葉にギィは足をパタパタさせながら髪を結ってもらっていた。

「さぁ準備ができたヤツから着替えて、洗濯物は纏めておけ。今日は珍しく天気が良いからな。あと靴下は脱ぐときに裏返しにしない事、特にガロ、お前の脱いだ靴下はいつも裏返しになっているから」

「靴下じゃありませんんん、タイツですううう」

 うわぁ、なんとムカつく言い方なんでしょう。

「なんでもいいからちゃんと脱いでくれ、ルイとギィはちゃんとやっているぞ?」

 褒められたのが嬉しかったのかギィはニヤニヤしながら長女を見つめていた。

「それくらいイイじゃない」

「お前は良いかもしれないが俺が困るの、さぁ五分で準備して来い」

 そして各部屋に戻って着替えてきた彼女達が揃うと、ギィの真っ黒なローブのボタンの掛け違いを正してやりつつ、玄関に掛けてある奇妙なマスクをガロとルイに手渡した。

 その顔全体を覆う不気味なマスクと漆黒のローブこそが彼女たち『魔女』の証だった。

 長女のルイは【鼠の尻に十二本釘と歯車】と呼ばれるマスクで、このスネイル家に代々伝わっている代物らしい。ネズミの臀部に無数の釘と歯車が突き刺されているアホっぽい代物で、人間の俺からしたらセンスを疑うようなマスクだったが公の場で使われる正装であり、家系と個人を象徴するものだった。

 ガロはこのマスクを古臭くて変な匂いがしてイヤだと言っていたが、手入れはキチンとしているし、大切にしているのが伝わってきていた。

 次女のルイは【山羊頭に三つ歯車】のマスクで、数年前に自作したと教えてくれた。スネイル家は古くから拷問器具の制作を請け負ってきた一家で、歯車はその拷問具を象徴している。今では使わなくなった広い地下室には鉄血が香る器具が並んでいた。

 長女のガロは拷問具に興味を示してはいなかったが、次女のルイはどうやらその方面に進みたいらしく、夜な夜な彼女の部屋からは何かの悲痛な叫び声が響いていた。

 三女のギィにはまだマスクは無かったので、いつも二人の姉のマスクを羨ましそうに眺めていた。初級魔法が使えるようになった時に制作することだろう。

 それがこの世界での式礼で、魔女への第一歩と言うわけだ。

「良いか、寄り道はするなよ? 無駄な買い物もダメだからな。真っ直ぐ学校に向かって、帰りも寄り道せずに帰ってくるように。あとギィ、いくら綺麗だからって蟲は口に入れるもんじゃないぞ、赤ちゃんじゃないんだから。それに美味しくないだろう?」

 俺のエプロンの裾を握っていたギィは小さく頷いた。

「ルイ、ギィの送迎を頼むな」

 俺の言葉に気持ち悪い山羊歯車が頷いた。

「良いか? 知らない人に付いて行っちゃ駄目だからな? 声を掛けられても無視する事。それと、速度を出し過ぎない事、あとは――」

「もう、大丈夫だってば、子供じゃないんだしっ!」

 ワインレッドのショートブーツを履き終えた釘尻鼠が面倒臭そうに肩をすくめた。

「というかさぁ、ガロ、ちょっとローブの丈が短いんじゃないか?」

 彼女のローブ丈は膝上で、ルイやギィのモノと違って随分と短い。

「大丈夫、ペチコート履いているもーん」

 ガロはそう言ってローブを捲り上げたが、そういう事じゃないんだよなぁ。

「まぁいいや、じゃあ行ってこい」

「いってきまーす」

「それでは行ってきます」

「…………ます」

「おう、気をつけてな」

 ……おい、ギィ、いつまで手をヒラヒラさせているんだ、早くルイに掴まれ。

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