《空を飛べたら》一章
半月ほど経った休日の朝、家事を終えた俺はギィと共に庭で飛行の練習を行っていた。
と、言っても真面目にやっているのはギィだけで、俺は適当にホウキに跨がりながら見ているだけである。
そもそも、人間が魔術を使うのは非常に難しい。それは凝り固まった『概念』のせいだと言われている。実際に空を飛ぶ光景を目の当たりにしてもなお、心の何処かで魔術を信じていない。自由で、不安定で、ご都合主義的な魔術の成り立ちに科学的根拠を求めてしまうのが、人間というわけだ。つまり思想が魔術の根底にあるという事になるだろうか。ラヴィはよく使いこなせているもんだ。
「もうちょっとだよっ!」
拳を握りしめながら声援を送っているのは次女のルイで、その視線の先にはギィがタクトを地面へと向けている。この世界に生まれた彼女たちにとって魔術は本能に刷り込まれていた。
信じる事が全てへと繋がる。為せば成る、為さねば成らぬ何事も、という訳だ。
そして以前、サキに『どうしたら魔術が使えるようになるのか?』を尋ねた時の事を思い出していた――
「魔術って言うのは……そうね、技術じゃないと思うんだ。なんというか……覚悟?」
「さっぱりわからん」
サキは魔術にも大きく別けて三種類の形態が存在している事についても教えてくれた。
まずこの国、シンテイの主流である『無声魔術』、これは正しい心と所作から生まれる魔術であり、実際に呪文を唱えずとも形を成す。
更に触媒を通じてその強度は数倍に膨れ上がる。触媒は杖、人形、石ころ、本など、思い入れのあるものならなんでも良いとされていた。
そして敵国であるワニグで多く使われている『有声魔術』、これは実際に魔術を構成するいくつかの言葉の断片を紡ぎ合わせ、声として発する事で初めて生まれる魔術である。
俺としてはこっちの方がよく認識している『魔法』に近かった。必ずしも触媒は必要ないが、実際に唱え終わるまでの隙が大きく、潰されやすい性質を持ち合わせていた。
そして、この二つの魔術の元となったのが『呪術』である。
古代魔術や地下魔術なんて言われる事の多いこの呪術は、他の二つとは違い、感情を色濃く反映する魔術だった。無声魔術の触媒に該当するのが、この感情であり、喜、怒、哀、楽、愛、憎と様々な揺らぎが呪術の強度を倍加させる。
主に攻撃系の呪術には憤怒や悲哀が乗り、防御系には慈しみや愉悦が乗る。非常に強力な呪術であったが、もちろん裏がある。
感情によって強度が増減するので不安定だったし、『人を呪わば穴二つ』や『呪いはヒヨコがねぐらに帰るように我が身に返る』なんて言葉が示す通り、『攻撃魔術』を使用する場合は『命の前借り』と呼ばれる代償を支払わなければいけなかった。
ハイリスク・ハイリターン。
そんなわけで、呪術は現在の主流から外れていた。
「出は早いけど、強度を高めるには正しい所作と触媒が必要な無声魔術。詠唱を察知されて潰されやすいけどシュチュエーションを選ばない有声魔術。強力だけど、それ相応の代償を払わなくてはならない呪術。全てが一長一短の性質を持ち合わせているわね」
いつの間にか黒縁メガネを掛けたサキ女教師が、タクトを支持棒の様に振った。
「慎吾には呪術がオススメかもね、簡単だし、それなりに強度も出ると思うから」
「え? ヤダよ。呪いが自分にも返ってくるんだろ?」
「それは攻撃魔法、つまり何かしらの憤怒や憎悪が生まれている時だけよ? それ以外の呪術に関しては影響を受けないから、自衛の為だけに呪術を習得している人も居るわ」
「そうは言っても……」
なんというか、響きが怖かった。呪いだぞ? イメージが良くない。
「ま、イヤなら仕方ないよね」
「やっぱり無声魔術を使えるように頑張るよ」
「その為には、まず魔力を開化させないとね」
サキの言葉に俺は曖昧な笑顔を浮かべた――




