《変なイキモノだったら》五章
そしてガロに連れて行かれたのは港前の肺病み地区にある怪しげな魔具店だった。
「アタシは空を飛べるから良いけど二人は無理でしょ?」
俺とギィは顔を見合わせた。
「ギィもそろそろ飛べるようにならないとね。今度、お姉ちゃんが見てあげるから」
その言葉にギィは口を尖らせた。
「…………がっこうで、練習してるもん」
この世界では《落昇の転換》による飛行は自転車のようなものだ。
「そんなワケだから、今日は貸しホウキを使いましょう」
ガロはそう言って魔具店へと入っていった。
中にはキツネ目の――というかキツネの店員が暇そうに丸まっていた。この世界では魔術師に正式な形などは存在していない。
三ヶ月前、初めてノバイン港に降り立った時に、奇妙なスライムが首輪とリードを着けられて主人の隣を歩いているのを見たが、後にアレは主従が逆だったことを知った。
この世界では木偶も、犬も、カラスも、猫も、バケモノみたいな生物も、半獣も、魔術師である可能性を含んでいる。なんでもありだ。全てを疑わなくてはいけない。面倒臭くて本当に馬鹿げているが、全く別なイキモノでの再出発は楽しそうではある。
「久しぶりだね、ガロットちゃん」
相変わらずキツネは暇そうに、窓の外を眺めている。
「貸しホウキを二本借りて行くね、お金はここに置いていくから」
「勝手にどうぞ。魔力は空っぽだから自分で入れてね」
お礼を言ったガロはタクトを取り出してホコリが被っているホウキに《秘めた対話》と呼ばれている魔術で魔力を注入した後、俺とギィに渡した。
どうやら柄の中に伝動石が入っているようだった。
「これを使えば勝手に飛んでくれるから」
渡されたホウキは八十センチほどしか無く、柄の部分には可愛らしいポップな花の絵が描かれていた。ギィはその模様に喜んでいたが、俺にはちょっと……。
「やけに短くないか? それに、ちょっと子供っぽいというか」
「飛べない子供用なんだから当たり前じゃん。今どきホウキ型の触媒なんてダサいけど、そこは諦めて」
どうやらこれは補助輪付き自転車のようなものなのだろう。
「じゃあ行くよ」
俺とギィがホウキに跨ると、一気に空へと飛び上がった。
「うわっ、怖い、落ちそう」
あと、ケツがめちゃくちゃ痛い。
「大丈夫だって、おしりに力を入れて、行きたい方向を念じればそっちに行くわ」
久しぶりに空から見るノバインは雑多の極みだった。
絡み合う高層家屋と、その間にひらめく洗濯物、吊るされた火鼠の鳴き声。退廃的な生活感が溢れていたが、人間界よりもずっと人の営みを感じさせる。
中層である風止め地区には数多くの飲食店や食料品店が並び、多くの買い物客がごった返していた。毎朝ノバイン郊外にある酪農地帯から届けられる新鮮な野菜や肉が陳列されていて人間界で買ってこずとも大方の食材はここで揃う。
美容院や銭湯、風変わりな商店となると吉兆の証とされている鴉や黒ネコ等のペットショップ、伝動石に魔力を注入する専門のお店、更には《究極の痛みをご家庭に》と書かれているノボリが立てられている拷問具店には痛々しい器具が陳列されていて、スネイルの銘が彫られている皮製の鞭が妖しげに揺らいでいた。
魔女と港の街と呼ばれているノバインは『シンテイ』と呼ばれている国の東にあり、そのシンテイは『イナリナ大陸』の東にある。
ノバインの統治者は『港守の魔女』と呼ばれている『アデリア・ノバイン』、彼女は数百年前からこの地を守っていて、都市はその魔女の名前を冠していた。
「あそこに見えるのが牛頭の大塔って呼ばれている総合庁舎で、とにかく大きいの」
ガロが指さした先にはそのアデリアが居を構える巨大な塔が聳え立っていた。
天を貫く超高層建築物、ポケットから出した“通な”パンフレットによると牛頭の大塔はノバインを象徴する建物であり、特異秘術の一つである《呼び声の螺旋》をモチーフとしているらしいが、巻いたウンコにも見える。
そこでアデリアと四人の補佐官がこの港街を維持していて、パンフレットにはアデリアを二頭身化させたかわいいキャラクターが、
『港を守るのは大変なのよっ!』
と、うなだれているイラストが載っていた。
……港守の魔女も意外と俗っぽいんだな。
そんな牛頭の大塔を背景に編隊を組んだ魔女たちが高速で飛んでいると思ったら、それが『シンテイ空軍』だとガロは説明してくれた。
「あのマスクは……腐砂のカルディナック隊ねっ! 演習から戻ってきているんだ。ねぇ、見えるでしょ? あの先頭を飛んでいるのがカルディナック・クリナよ。うわぁ、かっこいいなぁ……あのねっ! カディナックって――」
ガロは興奮した口調で腐砂の魔女について解説を始めた。
「やけに詳しいんだな」
「だって私の憧れだもんっ!」
カルディナックはシンテイ空軍の司令官を務める若き魔女で、ノバイン空軍基地のトップにあたる人物だった。生まれは灰海の南部。そこは数多くの民族が今もなお対立を繰り返している腐れ砂の地だった。 そして彼女は二十年前に灰海南部で起きた『朽ち木紛争』よって故郷を失った後にシンテイ空軍に入隊、すぐさま頭角を現した。おそらく史上最年少で大魔女となるだろうと言われている……らしい。
一糸乱れぬ黒の列から上級魔術である《貫く致命の羽》が、空深くへと放たれる。
シンテイ空軍は体重が軽く、速度が出せる魔女だけで構成された部隊でノバインには空軍基地があり、そこで育成も行われている。故にこの街は魔女の割合が多かった。
ちなみに男の魔術師である魔導士の多くはシンテイの首都であり、前線基地のあるコトで陸軍として兵役に就いていた。
陸軍の主戦場はその名が示す通り地上だ。全ての軍人が常に空を飛ぶ訳ではない。空軍は行軍速度こそ早かったが、飛行に多くのリソースを取られている為、攻撃魔術に関しては陸軍の半分以下の強度しかなかったからだ。甲陽軍鑑でも否定されていた騎乗戦闘の難しさが伺える。
そして、ノバインから北へ行ったところには山岳地帯である『コズトロ』、南に行くと古い町並みが並ぶ『オガルト』、そして西へ行くと首都のコトという位置関係だ。そんなコトから西北へ行くと深い森に覆われている黒林、西南へいくと灰色の砂漠地帯である灰海があり、その先に、鉱山都市ヘンリクスと敵国であるワニグがある。
ワニグとは休戦協定という名の準備期間を置きながら、常に戦争状態にあるらしい。
この世界では争いが当たり前のもので、自然なものだと考えられていた。
離別や憎悪と悲哀が日常に溶けこんでいるのだ。




