《変なイキモノだったら》四章
ノバイン港に着くと俺はロビーの一角にある喫茶店『ラグジュアリー』へと入った。
店内には天井裏で半霊が奏でるアップテンポなBGMとコーヒーの香ばしい匂いが飽和していて、数人の魔術師と人間の客が心地良いノイズを背景に談笑している。
俺は港のロビーが見渡せる窓際の席に座ると魔導士のマスターにレモンスカッシュを注文した。この世界で唯一、炭酸飲料が飲めるお店だった。
年齢不詳のナツメというマスターは人間界、しかも日本に留学していた経験があるらしく、俺と日本の話をしたがっていたが、よくわからない内容の話ばかりだった。
「あの頃はさ、深夜の通販番組でクルーザー売ってたんだぞ? いや、本当だって。しかもすぐに売れてんだよ。車じゃないぞ船な。それに学生がゴールドカードを持っていたんだよ、財布なんて持ち歩いていなかったね。シンゴはマネークリップって知ってるか?」
【黒猫と金貨】のマスクを着けたマスターが、遠くを見つめながらそう呟いているのを、俺はレモンスカッシュをチューチュー吸いながら聞き流していた。
しばらくしてラグジュアリーの外に見慣れた人影があると思ったら、それはマスクを被ったガロだった。彼女はギィと手を繋ぎながらロビーの中央に聳える柱時計の前に立っていて、人間界からの旅行者と思われるマスク無しの人々を注意深く見つめている。
……迎えに来てくれたのか。
そう急いで駆けつけようと思った瞬間、俺の中に悪戯心が湧いた。
バッグの中からマスクとロングコート取りだして身に付けると、何くわぬ顔で二人に近づいた。まさか俺がマスクを被っているなんて思わないだろう。
「おやおや、お嬢さん達、コンニチハ~」
作り声で話しかけるとガロは顔を上げた後、体を硬直させた。
「え? あ、はい。こんにちは?」
……やっぱりバレてはいない。
「おチビちゃんもこんにちは」
屈んでギィに声を変えると、彼女は口を結んだままガロの後ろに隠れてしまった。
「キミは、ガロットちゃんだね?」
「あの……すみません、どこかでお会いしましたでしょうか?」
なんだよガロ、ちゃんとした言葉遣いが出来るじゃないか。
「忘れちゃったのかな?ほら、あの時だよ、あの時」
「……えっと、すみません、覚えていないんです。あの時って、いつの話ですか?」
新鮮で可愛らしいガロの反応に俺は笑いを堪えていた。
だってさ、ガロが、こんなに、ちゃんと。
「忘れないでよぉ。あとさ、これから遊びに行かない?」
そんな唐突な申し出にガロはマスクの奥の目を丸くした。
「は? えっ? 遊びに、ですか? ごめんなさい、無理です、スミマセン……」
うんうん、そうだぞ、知らない人にはついていっちゃダメだからな。
「そんなこと言わないでさぁ、それとも誰かを待っているの、もしかして彼氏とか?」
「ひゅぇっ? 彼氏? ち、違います、あの、そういう事を聞かないでください……」
語尾に向かって収束していく言葉。
あれ、コイツってそういう話に慣れていないとか?
うわー、意外過ぎるな。
「違うならいいじゃんかよー」
「本当にごめんなさいっ! 貴方が誰なのかも覚えていないですし、知り合いを待っているので、本当にごめんなさい……」
「ええー、ほっとけばいいじゃん」
「ダメなんです」
そう俯いた後、小さな声で――
「その……大事な人を待っているんです。だから、すみません……」
しおらしいガロの反応、そして何よりもその言葉に俺のマスクの中は熱くなっていた。
もし俺が犬だったらオシッコをまき散らしながらロビーを走り回っていただろうし、変な生き物だったら一回ジャンプをした後にでんぐり返しをしていただろう。
「……ああ、だ、ダイジな人ね、そ、それならシカタガナイネ」
逆に冷静さを失った俺は、そろそろ行かなくちゃ、と逃げるようにその場を後にした。
そして売店の物陰でマスクとコートを脱ぐと一回ジャンプをした後にでんぐり返し、手を開いたり握ったりしながら心を落ち着けていると、木偶の案内嬢が相変わらずの可愛い声で「どうかされましたか?」と聞いてきたのでスミマセン、と謝って、二人の所へと向かった。
「オ、キテタノカ?」
そうぎこちなく声を掛けると、ギィが腰に抱きついてきた。
「…………オソイ」
ガロもまたぎこちなく、俺の顔を見ることはなかった。
「なぁ、二人とも、何か欲しいものはあるか?」
港を出た時、そう二人に尋ねると「急にどうしたのよ?」とガロは振り返った。
「いや、俺ずっとこの辺りって散策していなかったからさ、二人に案内して欲しいんだ、その変わりに何か好きなモノを買ってやる」
「ウソ? 本当に? 良いの? この辺りなら詳しいからなんでも聞いてよっ! 」
俺の不器用な提案にガロは嬉しそうに指折り数え始めた。
「ルイルアでしょ、サトナバトでしょ、牛頭の大塔に黒陽楼と華家公園、孤狐雑貨店!」
半分くらいよくわからなかったが、たぶんお店の名前だろう。
手を引く感触に下を向くと、ギィが小刻みに跳ねながら、
「ギィしってる、公園っ! 花っ! 木っ!」
そう珍しく声をあげていた。
「焦らなくてもギィにも買ってあげるから。ちゃんとルイのお土産も忘れるなよ」




