ファニール・シャンゼリオン、ついに創造主と対面する
魔王ヴァレリーが、有無を言わさず配下達に押しつけている「ベルザーグ信仰」を、唯一の例外として――。
おそらく大陸初の「創造主ベルザーグ教」の成立を目指すファニール・シャンゼリオンは、その日も日課となっている朝からのチラシ配りを終え、帰路についていた。
いや、帰路と言いつつ、今からこちらも日課となりつつある訪問先、冒険者ギルド「ハイランダー」へと向かうつもりである。
ただ、ここ数日、ファニールの気分は落ち込み気味だった。
理由としては幾つかあるが、自分が仮住まいの教会を留守にしている最中に、創造主ベルザーグが訪れたという、行き違い事件があったせいかもしれない。
ただし、それはあくまで理由の一つに過ぎず、だいたい彼女が帝都に着いて最初にハイランダーを訪れた時も、ちょうど創造主はどこかへ出かけた直後だった。
これはもしかすると、わたしは永遠に創造主様にお会いできないのではないでしょうか?
あのお方のご尊顔すら拝謁できず、このまま生涯を終えて、一人で冷たい墓場に行く運命なのでしょうか!
などと……たった二回行き違っただけで、ファニールの心は、既に大ダメージを受けていた。
両親を早くに亡くし、一人で生きてきた彼女のこと、実際はひどく芯の強い少女なのだが、唯一、創造主ベルザーグ関連についてのみ、彼女は非常に脆いのだった。
なぜかというと、「わたしはどのような時でも、創造主様と共にある!」という信念こそが、これまでの辛い生活を支えてきた、唯一最大の拠り所だったからだ。
よって、たまたま二回ほど会えるはずのタイミングで会えなかったというだけで、もう彼女にしてみれば大事件なわけである。
加えて先日、創造主様が教会を訪れた際には、エレナのおねだりに応え、あのお方が彼女に指輪を贈ったという。
エレナは大好きなので、もちろん「本当に良かったですね!」と祝福する気持もあるのだが、自分はいつまで経っても会えないというこの落差を思うと、心が落ち込むのはどうにもならない。
指輪はそもそも男女間のプレゼントのような類いではないと彼女は強調したし、「ファニールちゃんもおねだりしたら、きっと下さるわよっ」と励ましてもくれた。
……本当におねだりしたらくださるかどうかは不明だが、少なくとも自分が「ゆ、指輪ください、指輪指輪っ」などとおねだりできるような性格ではないのは、よくわかっている。
常に覇気があるエレナとは、そこが大きく違う。
いっそのこと、「キィイイイイイ、あの子ばかりいろいろもらってぇええええ」などと逆恨みでもできる性格なら、ある意味では楽だったのだろうが、あいにくファニールという少女は、少しでも「う、羨ましいですっ」などと思った途端、痛烈な自己嫌悪に陥る少女だった。
(わたしだってあのお方にいろいろ助けて頂き、しかも、一生かかっても買えないほどの高価なアイテムまで頂いています。さらに、教会まで建てて頂いておいて、お友達に嫉妬するなんてなんて醜い子でしょうか!)
……このように感じ、いちいち自己嫌悪のダメージに見舞われるという、悪循環に陥っていた。
ちなみに今、ファニールは一人でトボトボと帝都のメインストリートを歩いている。
親友のエレナは途中で、「先にギルドへ行っててね。私は自分の買い物があるから」と告げ、別行動となっている。
ファニールは一応、笑顔で頷いているものの、エレナの申し出は実は「今度こそ、ファニールちゃんとベルザーグ様を二人きりにしてあげよう」という配慮であるというのがよくわかっているので、非常に申し訳ない気持で一杯だった。
本来なら、「そんなこと言わずに、二人で行きましょう……ねっ」と自分から申し出るべきなのに、言いそびれてしまった。
これもまた、ファニールの自己嫌悪の材料となっている。
なぜなら、確かに「わたしも、ベルザーグ様とお二人だけでお話ししたいです……」という気持もなきにしもあらずなので。
それがわかるだけに、自分が許せない気持に陥ってしまうわけである。
市場に寄って買い求めた果物の袋を手に、ファニールが落ち込んだ気分でじくじく考えているうちに、いつしかギルド「ハイランダー」の前まで来た。
時刻はそろそろ午後に入るところか。
どうせ今日もいらっしゃらないのだろうけれど、せめて限界まではお待ちしてみましょう。
ファニールはそっと吐息をつき、スイングドアを開けて中へ入る。
途端に、落ち着いた――しかし張りのある声音に迎えられた。
「おお、ファニール。ようやく会えたな! 来た甲斐があったというものだっ」
「え……ええっ」
顔を上げると、アリオンがいる受付の横に、長身でダークスーツを着こなした男性が立っていた。クラバットこそしていないが、しわ一つないびしっとしたスーツであり、長い黒髪の優しそうな美貌の男性だった。
「え……ええと」
まさかまさかまさかっとファニールがあわあわしているうちに、その男性が少し困ったように首を傾げて微笑んだ。
「生身だと、わかりにくいかな……私がベルザーグだよ、ファニール」
「――っ!」
青天の霹靂とは、まさにこのようなことを指すのだろう……痺れるような頭でファニールは考えている。
口元に両手をやったせいか、手にしていた袋が落ちて、中身のリンゴが転がった。
なぜかふいに涙が溢れてきて、ファニールの頭はぐるぐる回り始めた。
(あ……だめです……なんだかわたし、倒れてしまいそうですっ)




