巧妙な罠
ベルザーグが北方の某所で妹を目覚めさせたこの時、実は別の大陸からこのヴィオランディス大陸へ侵入してきた者達も、同じく未開の地である北方に集まっていた。
最初、十万の兵力で海岸に上陸してきた、クレアデス共和国の戦士達である。
奇しくも場所は、ベルザーグ達兄妹がいる地下から、そう離れていない。
なぜなら、ベルザーグが潰そうと考えているその共和国の拠点を支配する連中こそが、会議を行っていた当人達だったからだ。
ただし、ベルザーグが三人のスパイから聞き出した謎の拠点の場所は、実は本当の意味での拠点ではない。
そちらは敵を罠にかけるための偽情報であり、同じく地下とはいえ、本物の拠点はすぐ近くの別の場所にある。
その本物の拠点がある地下の一室で、彼ら四人は重要な会議を始めていた。
最初に発言したのは、テーブルの上座に座る黒いローブの男だ。魔道士風の外見であり、指には様々なマジックリングを装着している。
その奇妙な指先でテーブルをコツコツ叩きつつ、三名の同士に告げた。
「こちらのばらまいた罠に、ようやく敵が引っかかってくれたようだ」
「おおっ」
「やっとですか!」
「気付かれないままかと思いましたぞ」
残りの三名が、それぞれ喜色満面の声を上げた。
全員、中年以上の年代であり、一応見かけは人間ではあるが、冒険者の風のラフな格好であって、あまり真人間には見えない。
しかも、三名が揃いも揃って、闇に溶け込むような地味な色の服装で統一されていて、冒険者として見てもいささか奇妙だった。
世間の噂とは違い、実はほとんどの冒険者は、自分の稼ぎが低いと見られることを嫌って、極端に地味な格好はしたがらない。あまりに辛気くさい服装だと、足元を見られて依頼が来なくなるか、報酬を値切られてしまうからだ。
ギルド内でランクが高い有名冒険者と言えども、安く見られないように、多少は服装に気をつけるものなのだ。彼ら三人は、明らかに冒険者を装っているだけに見えた。
「ばらまいた餌の、どれに食いつきましたかな、デルグレイド殿?」
デルグレイドと呼ばれた上座の魔道士は、「帝都に送り込んだ三人のスパイだな」とあっさり教えた。
「他のグループが、三人が騒ぎを起こす現場を目撃して、報告してきた。一番期待していなかった連中だが、皮肉にも獲物は奴らに引っかかったらしい」
「まあ、彼らは本当に、教えられた場所に橋頭堡的な共和国の拠点があると思っていますからな。こればかりは、尋問したところでボロは出ないでしょう。して、引っかかったのは誰です? どうせなら帝国の大物だといいのですが」
尋ねた男を含め、四名の顔にそれぞれ増悪が浮かぶ。
十万の同朋が敗れたのはつい先日のことであり、報復のためにも、できれば帝国の重鎮を捕らえたいものだ。
しかし、リーダー格のデルグレイドは、眉根を寄せて腕組みした。
「そこが奇妙なのだ、トール」
まず断りを入れた。彼らにも考えてもらうつもりで。
「割って入ったのは、どうやら高級そうなダークスーツを着こなした、細身の青年だったらしい。美麗といっていい顔立ちの男で、ためらうことなくスパイに接近し、いきなりこう言ったとか。『よし、そこまでだ、他国の諸君!』と」
デルグレイドの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「つまり、連中の正体が最初からバレていたと?」
極端に痩せた一人で、大物かどうか尋ねた男が身を乗り出す。
「わからん」
デルグレイドは肩をすくめてみせ、付け加えた。
「ただしそのスーツの男は、機を見て反撃に出たスパイの刃を、あっさり指先で止めたそうだ。我らほどではないとはいえ、三人ともそれなりに訓練を受けていたのにな」
唸り声のような声が満ちる中、彼はさらに駄目押しをした。
「さらに驚くことに、その青年はあの三名が我が祖国のスパイであることをあっさりその場で聞き出し、以後は忽然と消えたとか」
わざわざ芝居がかった動作で、固めた拳をぱっと開いて見せた。
「消えたというのは文字通りの意味でな。大勢の野次馬がいる前で、消失したのだよ。三名のスパイ共々」
「しかし……それは」
痩せぎすのトールが、途中で絶句してしまう。
代わりに、他のメンバーが推測した。
「なんらかの精神支配を受けたのでは? そちらの訓練も受けているでしょうけど、レベル差が隔絶していれば、抵抗しきれないかもしれません」
「おまえの言う通りかもしれない、ボリス」
デルグレイドは肯定の印に頷いて見せた。
「とにかくわしとしては、その場で見ていた配下が報告してきた、事実のみを羅列するしかない。つまり、そいつは三名の訓練されたスパイをあっさり制圧した挙げ句、即座に連中がスパイであることを聞き出し、さらに揃って野次馬達の前から消えた……これが、起こったことの全てだ」
「予定では、それなりに厳しい尋問を受けた後、渋々拠点のことを白状して、哀れな獲物がかかる……という流れを期待していたのですが、これは望み通りの流れとはいえ、少し気に入りませんな」
ボリスの横に座った一番年配の男が、首を振った。
「もしやその謎の青年、我らの仕掛けた罠を、逆に食い破る危険性があるのでは?」




