ローランド、魔王の不意をつく
「ほう?」
地上部分にこそ、幾つもの木造施設があるし、作業員のような者達が忙しく戦艦三隻の回りで働いているように見える。
よってヴァレリーは、てっきり地上のどこかに指揮所があるのかと思ったが、違うらしい。 小屋の中に入ると、確かに地下へ至るらしい階段があった。
というか、真新しく見える小屋なのに、床にある地下へ続く階段以外は、他になにもない。ハイランダーの、上空都市へと至る階段にちょっと……いや、かなり似てる。
「不思議に思われるかもしれませんが、地下へ指揮所を持ってきたのは、侵攻してきた敵が、ここに地下施設を建造してあったのを発見したためですよ。魔法でも使って短期で建造したのか、実は意外に地下部分が広く、未だに調査中でして。……まあ、ローランドの好みと一致したというのもありますが」
魔法の明かりが灯る階段を下りる際、グラガンがそっと教えてくれた。
「なんというか、種族を問わず、他人を嫌うところがある奴なので、調査のためと称し、ここの地下を自分の居場所に決めてしまったんです」
「ふむ。しかし、ベルザーグ様がご信頼されているくらいだし、責任感の強い方なのだろう」
ヴァレリーが控えめに言うと、グラガンは大きく頷いた。
「そう、そういう奴です。ただ、大抵の人はあいつの良さがわからないうちに、嫌ってしまうので……実は俺も、以前は『付き合いにくそうな奴だ』と思ってました」
「ご案じ召されるな」
再び念を押されたような気がしたので、ヴァレリーは優しく答えた。
「ベルザーグ様がお認めになる者に対し、私が粗雑な扱いをすることはないとも」
「……ありがとうございます、魔王陛下」
最深部まで下りた時、グラガンは初めてヴァレリーをその名で呼び、深々と一礼した。
二人の眼前には、意外なほど巨大な両開きの扉がある。
「少し安心しました。貴女なら、あいつと上手くやれるかもしれません」
「それはそれで、なぜかあまり褒められたように思えないが」
「いや、言われてみれば確かに」
ヴァレリーとグラガンは、顔を見合わせて笑い合った。
「では、どうぞ」
グラガンが重そうに片方の扉を開けてくれ、ヴァレリーは彼に続いて中へ入った。
しかし、数歩も歩かないうちに、腰を低くして素早く振り返っていた。
いや、特に何も感じなかったのだが、なぜか本能が「警戒しろっ」と命じたせいだ。
事実、そうして正解だった。
片目を隠すほど前髪の長い少年が、入ってきたばかりの扉のすぐ横の壁、すなわち、扉を開けるとヴァレリー達から死角に当たる場所に立っていた。
しかも、なぜか大振りの刃がついたダガーを手の中で弄びつつ、鋭い目つきでヴァレリーを見つめていた。
「何者かっ」
叱声を叩きつけると、グラガンが慌てたように手を振り回した。
「失礼しました、ヴァレリー様。こいつがその……ローランドです」
バツが悪そうな顔で呟く。
「……先にご紹介をどうも、グラガン」
ローランドとやらは皮肉な言い方をした後、魔法のように手の中のダガーを消してしまう。
ヴァレリーの叱声を聞いた者は、だいたい目に見えて怯えるか、よろめくように後退したりするのだが、この少年は筋金入りだった。
猫に鳴かれたほどにも表情を変えず、ただ静かに一礼してみせた。
「そう、僕がローランドです。ヴァレリー様のことはベルザーグ様から先に伺っていました。あのお方のお客人なのはわかっていましたが、どうか失礼をお許しください。一応、最低限の警戒心は持つべきと思いましたので」
「そうか……いや、こちらこそ失礼した。さすがはベルザーグ様の信徒だけのことはある。この私でさえ、気配が掴めなかった」
ヴァレリーが、たちまち怒りを収めて称賛すると、ローランドは道端で金貨を見つけたような顔をして、小首を傾げた。ほんの一瞬だけ。
ただ、次に声を出した時には、かなり柔らかい声音になっていた。
「散らかっていますが、どうぞこちらへ。間もなくベルザーグ様も到着されることでしょう」
一定間隔で机が置かれた広大な空間の中を、ローランドは迷う様子もなく、先導していく。
机の数は唖然とする多数だが――その全てに作業服の男性、もしくはメイド服姿の女性が何名か席に着いていて、机上に置かれた機械の部品らしきものを組み立てている。
どのような用途に使う部品なのか、ヴァレリーにはさっぱりわからなかったが。
しかし、この地下空間の広さからして、人数は三桁に届きそうである。
驚くべきことに、男女揃って見事に全員が秀麗な顔立ちをしていた。知らずに見れば、精巧な人形かと思ったかもしれない。
(いや、あるいはそれが正解かもしれない。ベルザーグ様のことだ、百名近いホムンクルス達を創造することも、実に容易いはず)
本当にホムンクルスだとすると、ここまでの完成度を誇る者達を創造するのは、腕のいい魔道士と言えども不可能だろう。
ヴァレリーの見た一番完成度の高いホムンクルスでも、見れば容易に作り物だとわかるレベルだったからだ。ここにいる者達は次元が違う。
人間を創造することも可能なあのお方が、あえてホムンクルスを創造するということは、まず間違いなく、あらゆる面で人間以上の能力を持っているに違いない。
そんな彼らが、一体なんの作業に従事しているのか訊きたくてたまらなかったが、ヴァレリーはあえて我慢した。
自分がローランドの立場なら、創造主様が密かに行っていることを、初対面の相手にぺらぺら話したりはしないだろう。
あのお方が到着された後で、改めて尋ねればよいことだ。




