真紅の瞳
強敵なのは見た瞬間に予想していたが、魔王……確かヴァレリーとかいう女の反応速度は、シャロンの想像以上だった。
魔法攻撃が放たれた瞬間、手にした首を配下のゴツい男に押しつけ、そのまま突き飛ばしたのだ。
「バーンズ、危ないっ」
と叫ぶ声がシャロンにも届いた。
それほどの余裕があれば、自分が飛び退いてかわすことも出来たはずだが、ヴァレリーは自分はともかく、バーンズとやらが避けられないと思ったのかもしれない。
「へ、陛下ぁああ」
突き飛ばされ、ギリギリで避けられたそいつが喚いたが、あいにく光剣はヴァレリーに命中し、大爆発を起こした。
ドオンッという百の雷鳴もかくやという轟音と共に、遅れて衝撃波が周囲に広がっていく。肝心のヴァレリーは見事に吹き飛ばされ、自分が出てきたばかりの王宮の一階に窓をぶち破って飛び込んでいく。
廊下の壁が崩れる音も合わせて聞こえたので、これは下手をすると死んだかもしれない。
しかし、まだ戦いは終わっていない。
こうなった以上、シャロンは最悪、魔族軍全軍を相手にする覚悟でいた。
ベルザーグの信徒であり、忠実な使徒としては、ここで背を向けるわけにはいかない!
「さあ、魔王は倒れましたっ。大人しく退くなら、これ以上の攻撃はしませんが、いかがっ」
気を張って叫ぶと、赤ら顔の大男……バーンズは呆然とした顔をようやくこちらに向けた。
それから押しつけられた皇帝の首を手に、ゆっくりと立ち上がる。
「……倒れただと? 愚か者め、上空を見ろ!」
「なんの話です?」
シャロンは言われた通り夜空を眺めてやったが、あいにくざわめく魔族軍一万が見えただけである。
自分達の主君が倒れた後も、全く動いていない。
「彼らがどうしたというのですかっ。全軍で相手になるとでも!? それくらいでは、わたくしはたじろぎませんわっ」
「愚か者めがっ。魔王陛下のご命令は、『おまえ達はあくまで、帝都の空を完全封鎖してくれればよい。決して自ら帝都に下りて戦おうとするな!』だった。そのご命令を違える者が、我が軍に一人でもいようかっ」
バーンズは憤然と声を上げる。
「魔王陛下が健在な限り、あくまで命令は生きているのだ! 今この瞬間にも、貴様を引き裂きたくてたまらぬこの俺を含め、この天地の狭間にいる魔族軍全員がそれを理解しているっ。この意味がわかるか!」
激しい口調から一転して、静かな口調で言ってのけた。
「つまり、貴様に陛下が倒されたなどと、誰一人として信じていないということだ!」
「なんですって!」
シャロンがきっとなって王宮の方を見るのと、新たな轟音が響くのが、ほぼ同時だった。
まず最初に――おそらく破壊された王宮の瓦礫の一部が、凄まじい勢いで窓から飛び出てきた。実はこれはヴァレリーが我が身に落ちてきた廊下の壁の一部を、片手ではね除けたためだが……もちろん、シャロンにはそこまではわからない。
しかし、粉々になった窓からひらりと元の中庭に復帰した姿を見て、「うっ」と息を呑んだ。
魔王……いやヴァレリーは、どう見ても攻撃を受ける前となんら変わらなかった。
違うのは、顔に冷たい殺気と怒りの表情を浮かべていることのみ。
漆黒のマントを外してそこらに放り投げ、ヴァレリーはずんずんこちらへ歩いてくる。
薄赤色だった瞳が、いつの間にか真紅に染まっている!
「女、おまえが何者で、どういう理由で私を攻撃したのかは、今は後回しだ」
ヴァレリーは低い声で宣言した。
そしてバーンズを見て、端的に命じた。
「こいつは私の獲物だ。いいか、一切手を出すなっ。これは命令だ!」
「……魔王陛下の御心のままに」
バーンズは大仰に一礼してみせた。
その後、ぎらりと生意気な女を睨むと、「ま、まだ倒れてなかったとは、驚きましたが――でも、ならば今度は剣で!」などと向こうが言いかけたのを無視して、いきなり魔法攻撃を放った。お返しというヤツである。
「都合のいいことをほざくな、女っ。斬り合いもいいが、先にさっきの返礼をしておく! 貴様こそ、受けられるものなら受けてみよっ」
叫んだ後、ヴァレリーは瞬時に魔力を高め、両手を胸の前で交差した。
「レベル90魔法っ。暗黒の刃よ来たれ、ブラックブレイド・オブ・ダークネス!」
「嘘よっ。レベル90ですってぇええええ」
女が叫んだが、激怒しているヴァレリーにはもはや聞こえていない。
コマンドワードの叱声と同時に、ヴァレリーが両手を交差状態から一気に前方へ突き出す。次の瞬間、巨大な漆黒の刃が彼女の左右の手から同時に放たれ、大気がビリビリ震えた。
雷光を帯びた二振りの特大剣は、一瞬で虚空をわたり、焦ってマジックシールドを展開した敵に、直撃した。




