どこか怪しい皇帝
この奥の間が寝室だったのは計算外だが、それでも皇帝……らしき男は確かにいた。
いたが、そいつはサイズだけは大きな天蓋付きベッドで、複数の女性とべたべた抱き合っている真っ最中だったのだ。
全員裸であり、皇帝自身は、ちょうど女の一人にのしかかろうというところだった。
……汗で光る尻が、ヤケに生白い。
『きゃあああっ』
女達はさすがにヴァレリー達の乱入に気付き、慌ててシーツをかき上げようとしたが、皇帝はなぜか反応が鈍かった。
ヴァレリーにどんよりと濁った目を向け、ただこう述べただけだ。
「何度言えばわかる、下がれ! 襲撃の話なら、ゲラニーに任せたと言ったはずだぞっ」
――と。
頬が痩けて不健康に痩せているくせに、腹には余分な脂肪がついていた。
「……あ、頭が痛くなるな」
あえてデニケンから目を逸らし、ヴァレリーは苦々しく呟く。
別に「は、恥ずかしいものっ」とかいう乙女ちっくな理由ではなく、こいつの裸など見たくなかったのである。
それに元々、ヴァレリーは男があまり好きではない。
特にそれが軟弱な男となると、もう魂が許せない!
自分の狭量さは、ベルザーグという偉大な男性神を知るが故だとわかっているが、それでも嫌いなものはどうしようもない。
「……心は自由にならぬからな」
呟いた後、ヴァレリーはガタガタ震える女共を軽く追いやる手つきをしてやった。
「おまえ達、服を着てここから去れっ」
「は、はいぃいいっ」
「はいはいっ」
「た、ただちに!」
「二分だけお待ちをっ」
「あぁーこれこれ……」
皇帝が間延びした声で呼び止めようとしたが、顧みる者すらいなかった。
全員、脱ぎ散らかした服を超速で着て、小走りに寝室を出て行ってしまう。人望ゼロも、ここまでいくと凄い。
「汗だくの裸女共が消えても、まだ生臭い匂いが抜けないな……なんなのだ……この青臭いような、嫌な臭気はっ」
ヴァレリーが顔をしかめると、なぜか「えっ」という表情でバーンズが見た。
「……なんだその、『おまえ、そんなことも知らんのけっ!?』とでも言いたそうな素っ頓狂な顔は?」
睨んでやると、「いえいえっ、失礼しましたっ」と素早く二~三歩離れてしまった……巨眼を馬鹿みたいに見開いたまま。
「……? 妙なヤツめ」
もう気にしないことにして、ヴァレリーは寝室を点検し、絨毯の上に落ちているブレスレットなどの装飾品や、靴や服の一部などを眺めた。
「無駄に高価な装飾品を粗末に扱うのも、気に入らない」
黄金のブレスレットを拾い上げ、手で弄ぶ。ただし、別に本当にそれに興味があったわけではない。
こうして目を逸らしている間に、服を着ろという親切心だったのだが、ヴァレリーが横目で見ると、この皇帝はとことん失望させる男だった。
なにしろ、まだのろのろと下着を着けたのみで、裸とさして変わらない。
しかも、股間のみを隠した格好でベッドの上に膝立ちになり、阿呆のように口を開けてヴァレリーを見ている。
足元から頭のてっぺんまでねっとりと。
特に、胸と腰を見る目が粘い。
「そ、そなたはもしかして、新しく後宮に入った女かな?」
深酒のせいで、枯れたような声音で囁く。
まだ酔いが抜けていないのかこの馬鹿皇帝はっと、ヴァレリーはいい加減うんざりしたが。
ただ、ちょっと不思議に思ったのは、しまりのない表情と口元のいやらしい笑みは完全に話す内容と一致していたのに――濁った瞳の奥に、一瞬だけ確かな理性が見えたことだ。
ヴァレリーは、普段からそれなりに人の心底を見抜く自信があったが、嫌々皇帝の方を見て、双方の目と目がたまたま合ったその瞬間、こいつの瞳は確かに正気だった……ような気がする。
しかし、ヴァレリーが「うん?」と声に出して眉根を寄せて見直すと、拭ったように理性の光は消えた。
今のは見間違いかと思うほどの、濁りきった碧眼がとろんと見返した。
(……気のせいだったか)
「な、どうなのだ? 予の新しい側室かな?」
「どこまで愚か者なんだ、貴様はっ。私は攻め寄せてきた魔王だ!」
腹が立ち、ヴァレリーは大声で言い返していた。




