降伏か、死か?
一方、最初に戦った……というか、一方的に倒したのが、ほとんど木偶の集団も同然ということに不機嫌になったヴァレリーは、今もことさらゆっくり歩みを進め、王宮へと向かっている。
この芝生敷の中庭を抜け、王宮の入り口に至るまであと二百メートル程度しかないが、もしも皇帝が脱出するような気配があれば、即座に襲い掛かるつもりである。
もちろん、そのための魔法探知も継続中だが――
「とはいえ、なんらかの手段でこそっと姑息に逃げられると困るからな。今からもう警戒しておくか」
言下に、ヴァレリーは片手をあてて魔力を集中し、ぼそりとコマンドワードを口にし、魔法を行使した。
「ダブルマジックシールド、リバース!」
瞬時に、七階建ての白亜の王宮を含む、周囲一帯をすっぽりと巨大な魔法防壁が覆ってしまった。
しかも、通常とは違い、防御面を内側にして。
「……入るのは自在ですが、出ることは不可能なわけですな」
人間より遙かに目立つ大口を皮肉に歪め、バーンズが半透明の輝く防壁を見た。
「普通とは逆ですが、陛下の希望は叶いますか」
「そうだ、私に挑む気のある戦士は、幾らでも入ってきて構わない。しかし――逃げるのは許さない。だいたい、皇帝の首は是が非でも獲るからな」
ヴァレリーは、ことさら大声で言ってのけた。
実質的にたった一人で戦っている者のセリフとも思えないが、しかしバーンズはますます赤ら顔がニヤけてしまう。
ただし、周囲で呆然と囲む兵士達は、誰も笑うどころではない。
それどころか、今のを聞いていた兵士達が口々に絶望の呻きを洩らし、我先にと武器を放り出して走り出す。
あっという間にヴァレリー達の周囲が、ぽっかりと空白地帯になった。
「ちくしょうっ、なぜ俺は、なぜ俺はあああっ! もっと早く逃げればよかったっ」
「全くだっ。後で叱責を受けたら困るから形だけでもとか、姑息なことを考えたせいでっ」
「あああああっ、せめて嫁を抱いてから、今晩の当直に来ればよかった!」
「……だから、逃げるのは無理だと言ってるだろうがっ。わざわざ聞こえるように言ってやったのに」
うんざりしたヴァレリーの言い分も無理はなく、マジックシールドの防壁まで駆けた連中は、全てその先へ行くことができず、狂ったように防壁を蹴ったり叩いたりしている。
無論、その調子で百年続けても、ヴァレリーのシールドは破れはしないのだが。
「失礼な連中だ。別に私は、弱い者虐めが好きなわけじゃない。向かってこないのなら、なにもするものかっ」
ぶつぶつ文句を言ったものの、あいにく声が小さかったので、相変わらず逃げ惑う者は減らなかった。
「しかし陛下、ご覧下さい。向かって来る者もいますぞっ」
「……む、確かに!」
とことん不機嫌になっていたヴァレリーの声音が、ようやくやや回復した。
見れば、王宮の方角から、彼女を上回る身長の偉丈夫達が、三名ほどこちらへ来るところだった。
金髪碧眼というこの国の貴族の特徴を備えているが、腰に装着した白鞘の剣にはそれぞれ上等な飾りが付いているし、柄も非常に凝ったものだ。
軽装の鎧にも、全員、家紋のような紋章がついていた。
「ほう? 騎士か。しかも三人だけとは、期待させるではないか」
ヴァレリーは目を細めて笑い、右手を虚空へ突き入れ、マジックボックスから一振りの刀を掴み出した。
彼らと対照的に、黒鞘に黒い柄であり、刀身部分はかなりの長さがある。ヴァレリーがすらりと鞘を払って抜くと、薄闇の中でさえ銀色の刃がぎらりと光った。
「前のバスターソードから、刀に変えたのですか?」
「うん。創造主様が私に贈ってくださったからな」
この時ばかりは、ヴァレリーの声が弾んだ。
「銘はノーブルソウル(気高き魂)というそうな……銘そのものが、この私のことだとあの方は仰ってくれた」
「ふあ!?」
夢見る少女のような、うっとりとした主君の微笑を見て、バーンズが驚いたような声を上げた。
たちまちかき消したように笑みが吹っ飛び、ヴァレリーがじろりと彼を睨む。
「……なんだ、その『いやいやっ! ないわー、さすがにそれはないわーっ』的な顔付きは? おまえ、魔獣の餌になりたいの?」
「いえいえっ、違います違いますっ」
焦った顔でバーンズが両手を振りまくる。
「単純に、陛下の笑顔に心奪われただけ――」
「侵略者の魔族どもよっ」
内輪もめしているうちに接近していた三名のうち、一番長身の男が声をかけた。
「二人のみで来た勇気に免じ、おまえ達自身に選ばせてやろう。名誉ある降伏か? それとも、虫けらのように殺される方を望むか?」




