魔王ヴァレリー、新人冒険者になることを決意
ようやく落ち着きを取り戻しテーブルに戻ると、これ以上無様なところを見せないように、ヴァレリーはなるべく事務的に話し合いを進め、細かいところを詰めていった。
グレイアードの話しの進め方が上手いので、後は特に滞りなく進んだ。
ちなみに、帝国の西部はヴァレリー率いる魔族が支配することが決まっているが、東部に当たる帝都エグランデルも、ヴァレリーが攻める手筈になっている。
魔族が旧領を取り戻すためのデモンストレーションのようなもので、ベルザーグより、帝都自体は他の者が管理すると聞いていた。
その他の者というのが、どうやらこのグレイアードに決まったらしい。
「あくまでも、表面上ですよ。私は調整役のようなもので、大事なことは全てベルザーグ様の判断を仰ぐつもりです」
「いや、私へのお気遣いは無用です、グレイアード殿」
ヴァレリーは苦笑した。
「元々、帝都と東部地方は魔族の旧領にも入りませんし、創造主様にお任せするとお約束していますので、不満など一切ありません。むしろ私は感謝で一杯ですとも」
心から正直に述べ、ふと思いついてさりげなく訊いてみた。
「それで、帝国の東部地方は、どなたが治めるのですか? 創造主様直々に?」
「いえ、確か心当たりがお有りだと伺いましたが」
グレイアード自身も首を傾げた。
「今のところ、私は聞いておりません。さすがにここ数日で明らかになると思いますが」
「そう……ですね」
こ、心当たりの誰か!
ヴァレリーは否応なく、その人物が気になった。
つまりそれは、立場的には自分と同じということになるだろう。当然、別に嫉妬するわけではないが。
自分自身に言い訳し、考え込む。
……まあ、西部は自分が治めることになるわけで、ライバルとして意識するのは、むしろよいことだろう。
お互いに刺激になるはず。
しかし……その問題の誰かが女で、しかも類型――いや、とにかく美麗な者だと少し……いやだいぶ気になるな。
そこまで考え、グレイアードがまたしても危惧するようにこちらを見ているのに気付き、ヴァレリーはわざとらしく咳払いをした。
彼を通じて私のみっともない反応が、そのまま創造主様に伝えられたらたまらない。
「あらかたのことは決まったようですし、これは私の単なる好奇心ですが」
話題を変える意味でも、ヴァレリーはにこやかに尋ねた。
ベルザーグ様のことを知る者に出会った時は、必ず訊こうと思っていたことである。
このやり手そうな中年であるグレイアードなら、必ずなにか知っているはず。
「ベルザーグ様はこの世に光臨して影から世界を守っているとお聞きしましたが、どこかに拠点や……そうでなければ、よくお立ち寄りになるところはございませんか? 私からも挨拶や贈り物を持ってお訪ねしたいのですが」
これもできるだけさりげなく訊いたつもりだが、緊張感溢れる声音になってしまい、相手にはバレバレだったかもしれない。
「拠点というか、ベルザーグ様のお名前で所持しているお屋敷が、帝都にありますな」
「なんと!」
は、初めて聞いたっ。
「そ、それは教えて頂くわけには参りませんかっ」
「申し訳ありません」
本当に気の毒そうにグレイアードが低頭する。
「さすがに、お許しもなく我が主人の住居をお教えするのは……」
ヴァレリーがどかっと奈落の底まで落ち込む寸前に、彼は続けた。
「その代わりといってはなんですが、同じ帝都内に、ベルザーグ様がよくお立ち寄りになる冒険者ギルドがございます。こちらなら、ご信頼厚いヴァレリー様にお教えしても問題ないかと思いますが――もしご所望なら、お教えてしましょうか?」
「そ、それはもうっ」
ヴァレリーは身を乗り出し、テーブルに両手をついた。
さりげなく訊く作戦はどこへいったのだという感じだったが、本人にとっては、それどころではない。
立ち寄られる場所が帝都内にあるなら、しょっちゅうお会いできるではないかっ。
「ぜひぜひ、ご教授願いたいっ」
かなり妙な言い方になってしまったが、幸いグレイアードは終始にこやかな顔で、妙な表情など全く見せなかった。
そして……教えられた冒険者ギルドが実情はベルザーグの所有下にあり、しかも冒険者として頻繁に仕事をこなしていると知り、ヴァレリーは真剣に「それはぜひ、私も新人冒険者として登録せねばっ」と決心していた。
副官格のバーンズがもしこれを知れば、「いや、お立場を考えてそこはなにとぞ諦めてくださいっ」と諫言したかもしれない。
……とはいえ、ベルザーグ関連で余計な口を出すと、ヴァレリーの怒りを買うことを十分に知る彼のことなので、案外ため息をつくだけに終わったかもしれないが。
いずれにせよ、以後ヴァレリーがギルド「ハイランダー」に入り浸るのは、もう避けられない見通しとなっていた。




