心遣いに半泣き
ヴァレリーはさらに、私室まで飲み物を持ってくるように他の女性側近達に命じ、自分も出迎えるべく部屋を出ようとしたが――先に相手が案内されて部屋まで来てしまった。
やむなく、通された彼とテーブルを挟んで相対する。
見た瞬間、ぎょっとした。
この中年……いや、この人こそが、もしかして類型3(ヴァレリー命名)ではないのか?
一瞬、そう思ったのである。
半白の短く刈り込んだ髪や、タキシードに近いようなスーツを見てそう思ったのではない。深沈とした表情と、それに彼から感じる強大な力の波動に、ふとそう思ったのだ。
しかし、どうもレベル的には自分が上らしいとわかり、ヴァレリーは最初の印象を保留にした。ただ、類型3は勘違いとしても、その他大勢の類型1では絶対ないのは確かだろう。
第一、そんな人物が創造主様の使者に立つはずがない。
考え込んでいるうちに、ちょうど命じた飲み物が届いてテーブルに置かれ――
それを機に、先に相手が恭しく一礼した。
「お初にお目にかかります、ヴァレリー様。私はこの世界でベルザーグ様の雑用を勤めまする、グレイアードと申します。以後、よろしくお願い致します」
「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります」
ヴァレリーは滅多に使わない敬語で話し、自分もまた低頭した。
「もしお待たせしたようなら、申し訳なかったですね。どうぞ、お座りください」
「いえいえ。単なる使者に過ぎない私を、ダークエルフの方達があまりに丁重に案内して下さったので、恐縮でした。どうぞ、私ごときにそこまで丁重にされませぬよう」
「いえ、創造主様のご使者とあれば、そうはいきません」
ヴァレリーは、きっぱりと言い切った。
「……ならば、以後にもし出会う時があれば、その時はせめて普通にお話しください」
グレイアードと名乗った彼は柔らかく微笑み、ヴァレリーが先に座るのを待ってから、自分もテーブルに着いた。
それはともかく、ヴァレリーはこの人物の挨拶を聞いた途端、心がざわざわしてきた。
ベルザーグ様の雑用! 雑用とはっ。
蔑むのではない――逆である。
なんと羨ましい役目であることかっ。雑用ということは、つまり日頃からあのお方のそばに侍り、そしてしょっちゅうお会いしているということに他ならない。
さらに言えば、同じくらい頻繁に、雑用という名の用事をこなしているわけだ。
つまり、ヴァレリーよりよほど創造主様と会い、頻繁に会話をこなし、そしてあのお方のお役に立っていることになる!
魔王という立場がなければ、「ぜひ代わって頂きたい! ぜひぜひっ」と頭を下げたいほどだった。
「本日参りましたのは、二日後の戦に備えた軽い打ち合わせと、ヴァレリー様にあるアイテムをお渡しするためでして――」
言いかけ、落ち着いた表情のグレイアードは、ふと心配そうに首を傾げた。
「……どうかなさいましたかな? なにか、ショックを受けているようにお見受けしますが」
「あ、いや……貴公の役割を聞いて、ふと羨ましくなってしまったのです。許されよ」
思わず正直に述べてしまった。
「これはありがとうございます。もちろん、私も自分の役目に誇りを持ってはいますが、私もまた、ヴァレリー様を羨ましく思いますよ」
実年齢は謎だが、年の功か、彼はやり手の執事のように微笑んだ。
「ベルザーグ様はよくヴァレリー様のお噂をしますし、それに頻繁に気にしておられます。私が使者を命じられた昨晩も、『先程会った時、あの子は血まみれだった。返り血だと言ったが、本当に怪我はなかったかどうか尋ねてみるように』と仰せでした」
「――まあ!」
聞いた途端、ヴァレリーはこれまた滅多に出ない女言葉が、口をついて出てしまった。
「言葉に尽くせぬほど、嬉しいお言葉を聞きました。私ごときをご心配頂き……まことに申し訳なく。もちろん、昨晩のアレは本当に返り血を浴びただけです。ご、ご心配なきよう、お伝えください」
声が震え、危うく涙ぐみそうになり、ヴァレリーは慌てて口元を押さえる。全く、魔王たる者がなんたるザマだろうかっ。
こういう時は、話しを変えるに限る。
「ところで、打ち合わせはわかりますが、アイテムとは?」
「ああ、それは」
グレイアードはスーツの懐に手を入れ、水晶の欠片――に見えるものを二つ取り出し、差し出した。
「……これは?」
「この世界には未だに転移の魔法などは存在しませんが、ご存じのように、ベルザーグ様は転移魔法も可能です。これは、その魔法を封じたもので、手にして行き先を声に出せば、このアイテム一つにつき、三度まで転移が可能となるマジックアイテムです」
「そのように重要な品を、なぜ私に!?」
「侵攻する魔族の方々、全てというわけにはいきませんが」
申し訳なさそうに、グレイアードは先に断りを入れた。
「せめて貴女様と側近の方くらいは、長時間の飛行で疲れることなく帝都に来られるようにとの、ベルザーグ様のご配慮です。いきなり無茶を言ったのではないかと、気にしておられましたので」
「――っ! ちょ、ちょっと失礼しますっ」
せっかく感情を抑えたのに、またしてもどっと胸が熱くなり、慟哭したいほどの感動が押しよせてきた。ヴァレリーは慌てて口元を押さえ、壁際まで大股で歩いた。
いけないいけないっ、本気で泣いてしまうっ。
胸元を押さえ、ヴァレリーは呼吸を荒くした。
……冷静になろうと努力しつつ、「もう自分が類型2だろうが3だろうが、二度と気にするものかっ」と固く心に誓っていた。




