抱いて頂きました
「我が魔族の旧領回復のためにっ」
感謝のためもあるが、自分があまりにも不甲斐ないために、創造主が痺れを切らしたのかと、ヴァレリーは一瞬、拭いがたい恐怖を感じた。
叱責が怖いのではなく――いや、正確にはそれも怖いが、なにより崇拝する創造主ベルザーグに見捨てられるのがなにより怖いのだ。
万一、「おまえは魔王としてはあまりにも能力不足なので、今後、魔王の地位には他の者を当てる」などと言われでもしたら、ヴァレリーは絶望のあまり自死を選んだはずだ。
「……どうかしたのか?」
「い、いえっ。なんでも……なんでもありませんっ」
「しかし、明らかにショックを受けているじゃないか!」
一方、あまりにも彼女の反応が大げさだったので、ベルザーグは思わず眉をひそめたが、ヴァレリーの魔王にあるまじき怯えた表情を見て、ようやく気付いた。
そんなことは絶対に有り得ないのだが、どうもこの子は、自分があまりに不甲斐ないせいで、ベルザーグが辛抱できずに自ら動いたと勘違いしたのではないか?
「ヴァレリー、はっきりと説明しておくが、私が今のヴィルゲリア帝国を看過できなくなったのは、おまえがいつまでも攻めないからじゃないぞ。だいたい、帝都の城には『インモータルナイト』が手ぐすね引いて待ち構えているし、絶対防御の『パーフェクトウォール』も備えている。誰であろうと、簡単に攻められるものか」
しっかりと保証してやってから、おもむろに打ち明けた。
「実は、当代の皇帝であるデニケンがあまりにも無責任でな。国境の西部で外敵の蠢動があったというのに、斥候役を冒険者ギルドに任せようとするていたらくだ。他にも女遊びにうつつを抜かしているようだし、もはや創造主の責任において、あの者を今の地位に据えてはおけん」
わざと仏頂面を作り、ベルザーグは断固として言う。
一転して、すぐに声を和らげた。
「そこで、この際は大きくなりすぎ、貴族達の腐敗が広がる帝国を二つに分け、片方の西部地方をおまえに任せることにした」
「――この私に、ですか!」
さっきまで泣いていたカラスが~という言葉があるが、ヴァレリーの表情の変化はモロにそれだった。
まさに、奈落の底から天上にまで気分が浮上したように見える。
「やはり、領土が回復すると喜ばしいかな?」
「それは無論のことですが」
ヴァレリーは胸に右手を当て、彼女らしからぬきらきらした瞳でベルザーグを見つめた。
「最大の喜びは、創造主様がこの私を信頼し、これほどの大任をお与えくださることです」
弾んだ声音で言ってのけるヴァレリーがあまりに可愛く思え、ベルザーグは衝動的に彼女を引き寄せて胸に抱き締めてしまった。
「……あっ」
ヴァレリーが息を詰めたような声を上げた。
(ヤバい! セクハラは避けるつもりでいたのにっ)
抱き締めた瞬間にどっと後悔したが、しかし正直に言えばさすがのベルザーグも、この一瞬のみ、めちゃくちゃ幸せだった。
浄化の直後ということもあるだろうが、ヴァレリーの肌から甘い香りが漂うわ、豪勢な金髪からも得も言われぬ匂いがするわ、胸に柔らかいものがまともに当たるわで、危うく「結婚してくれっ」と言いそうになったほどである。
もちろん、すぐに「そ、創造主が自分のキャラに手を出してどうするよっ」と思い、さっと身を離したが、もう少し抱き締めていると危なかったかもしれない。
岩陰なのを良いことに、押し倒していたかも。
密かに深呼吸してヴァレリーを見たが、幸い、彼女はぼおっとしていて、今何が起こったのか、あまり理解していないように見える。
なぜか、とっさに右手を伸ばしてベルザーグを引き留めようとしていたほどで、今のを褒め言葉代わりの抱擁だと思ってくれたかもしれない。
というか、そうであってほしいと思う。
「いや、すまなかった! さっきの発言におまえの信心深さが表れている気がして、つい感謝のつもりでな……」
「いえ……ワタクシならば……いつでも喜んでお応えします……」
まだ正気に戻ってないのか、ヴァレリーの返事はどうも夢見心地だった。
「おほん。とにかくだ――」
ベルザーグはこれ以上脱線しないうちに、急いで連絡事項というか、頼みたいことを事務的に告げた。
てきばきと話し終え、最後に尋ねる。
「では、帝都の城に襲撃をかけるのは、三日後でどうかな?」
「……はい」
ぼーっとした顔でヴァレリーがコクコク頷く。
本当にわかってるのかこいつ、という感じである。
今一つ不安は残るが、ベルザーグも無能な皇帝(でも設定したのは自分)のお陰で、まだまだ忙しい。
そこで最後に「他に与えるものもある。後でステータス画面を見るといいぞ」と言い残し、別れの挨拶と共に消えた。
「……えっ」
残されたヴァレリーは、今更のように焦りまくって周囲を見たが、もう遅い。
ちなみに、抱かれた後のことは、一切覚えてなかったりする。なにかこう、夢の中を漂っているような幸せな気分のまま、いきなり正気に返った。
「べ、ベルザーグ様っ。しまった! 大事なことを全部聞き逃しているわっっ。あああああっ、私は馬鹿だっ。死にたい!」
頭を抱えて叫んだが――幸い、後から副官格のバーンズに全部教えてもらうことができた。
彼は戻ってきた時、岩の反対側に立っていて、途中から声だけは聞こえていたらしい。
魔王と創造主の会話を盗み聞きとは、厳罰ものだが――気が短い彼女にしては珍しく、赤面し、涙目で一度ぶん殴っただけで、許してやった。
とにかくバーンズのお陰で助かったのは事実だし、恥ずかしい会話を盗み聞きされるのであれば、こいつが一番マシなのは確かなので。




