創造主の過剰(危険)な愛情
もちろん、油断はしていない。
ちゃんとあらゆる状況に対応できるように警戒していて、それなりに緊張していたのだが――。
あいにく、特に何事もなく、剥き出しの肩に見事に剣撃が命中した。
それはもう、呆気ないほどである。
「は、ははっ……は……おろ?」
勝利を宣言しようと剣を持ち上げたが……あいにく、肩に傷が残っていない!?
いや、持ち上げる直前、赤い筋が肩口に走っていたような気がするが、剣を引いた今、傷など欠片もない。
だいたい、この女自身が平然としていて、姿勢すら崩れていないではないかっ。
「どういうことだっ。シールドか!」
「マジックシールドなら、そもそも命中する前に弾かれる、愚か者。疑問なら、もう少し試してみればどうだ?」
ざらざらした声で、女が言う。
「い、言われなくてもっ」
イグザムは慌てて、今度は先程よりやや力を入れて同じ肩口を攻撃した。
レベル25を誇り、身長百九十センチを優に越える自分が振り下ろすパワーである。今度ばかりは、肉を抉り、深い傷にならざるを得ないはずっ。
しかし――
力を込めた結果、肉体にバスターソードの刃が当たる湿った音と、確かな手応えが返ってきたが、あいにく、ダメージを与えられないっ。
いや、命中した一瞬のみは赤い筋が刹那の間見えるのだが……それも幻かと思うほど超速で消えてしまい、元の傷一つない肌に戻っている!?
「う、嘘だ嘘だ嘘だっ」
そんな馬鹿なっという思いと、こんなことは有り得ないっという疑問、それに――認めたくはないが、打つ手がなくなった後のこの女……魔王ヴァレリーの反撃を密かに予感して、イグザムはいつしか、狂ったようにバスターソードを振るっていた。
肩はおろか、脇腹や腕、鳩尾に突きも入れたし、心臓にも剣を突き立てようとした。
しまいには、恐怖にかられて、頭部を唐竹割りにする勢いでバスターソードを叩きつけたが、結果は同じである。
頭部にまともに斬りつけた時など、激しくも鈍い音がして、逆に反動で自分の腕を痛めたほどだ。
無論、生身の人間なら、今ので肉体が二つに裂けている!
しかし……この女は本物の化け物だった。
命中した瞬間のみは一筋の赤い筋がつくし、金髪が数本ほど舞った。
だが、逆に言えばそれだけなのだ!
決して、肉体に過剰に刃がめり込むこともないし、突きを放っても手応えの割に刃が埋まらない。まるで、不可視の壁でもあるかのように。
「き、汚いぞっ。こんなの有り得ない、有り得ないんだ!」
ついに振り回すだけの体力がなくなり、荒い息の下からイグザムが喚く。
片手を腰に当ててしれっと立っていた女は、ようやく口を開いた。
「まあ、私の数万を誇る体力値(HP)からして、仮にこちらの防御手段が皆無でも、どうせおまえではどうにもならないが」
HPがまだ数百程度のイグザムに、平然と恐ろしいことを述べてくれた。
「あいにく、体力値以前の問題よ。おまえごときは知るまいが、世の中には単なるスキルを越えた、『オーバースキル』というものがある。この私は創造主様のご加護により、成長途中のごく早い段階で、そのオーバースキルを幾つか得ている。おまえの剣が我が肉体を破壊できないのは、そんなオーバースキルの一つ、『インフィニティヒーリング』のお陰」
顎を上げ、ヴァレリーは呆然とするイグザムを見やる。
あたかも絶対的な強者が、足元の虫を眺めるように。
「私の現在のレベルを越えた、普通なら装備不可能なはずの、『インフィニティヒーリング』……その効果は、受けたダメージが肉体に影響を及ぼす以前に、一瞬で元の状態に戻してしまうというもの。私に本当の意味でまともな怪我を負わせるためには、今の私と同じレベルですら、まず苦しいでしょうね。それに――これでもまだ、レベルシールドや他の幾つかの自動防御を外して、わざと無防備に近くしてやったのだけど?」
残酷な笑みがヴァレリーの口元に浮かぶ。
「たとえばレベルシールドは、該当するレベル以下の攻撃を全て無効にする。私のレベルシールドは50……つまり、レベル50以下の攻撃は、本来なら命中すらしない。その他にも防御スキルは多々あるが、全てわざと外していた。オーバースキルの『インフィニティヒーリング』は完全自動防御なので、外したくてもどうにもならなかったわ」
そこでヴァレリーは総身を震わせ、両手を広げて満天の星空を仰いだ。
真紅の瞳に激情と、それに彼女のみにしかわからない感謝と狂おしいまでの愛情が溢れ、今や涙すら浮かんでいた。
事実、ヴァレリーが信じる通り、彼女は大いに神の――というか、相馬一郎の祝福を得ていた。
世の中、二次元キャラは単なる創造(想像)キャラと割り切る者が大半だが、ごくごく数少ないながら、そうは思わぬ者達もいる。
「俺の○○ちゃんは実在するっ」
と信じ切り、アニメを見て「くわっ。俺の○○ちゃんがなんで振られるんだっ」とマジ切れして、ガンガン苦情電話をテレビ局にかけたりする……そういう難儀な人達である。
一郎はキャラを創造する側にいるので、他の二次元キャラに過剰な入れ込みはしないが、その代わり、自らが創造したキャラに対する愛情は、尋常ではないほど強い。
ヴァレリーが自分が持つレベル以上のオーバースキルをしれっと取得し、装備できたのも、そんな一郎の愛情故である。執着心とも言うが。
「魔王といえば、危険極まりない職種だろっ。俺のヴァレリーが怪我したらどうするっ」
……一郎は本気でそう心配しているわけだ。
そして、そんな創造主(一郎)の愛情故か、ヴァレリーもまた、創造主に対する盲目的とも言える信頼と信仰心、それに過剰な愛情を持つに至ったわけである。
実際今この瞬間も、彼女は声を大にして叫んでいる。
「我が身にこれほどの完璧な肉体と、本来ならまだ取得不可能な奇蹟のオーバースキルを与えてくださった創造主に、私は最大限の感謝と崇拝を捧げるわ! ああ、大神ベルザーグ様、御身に栄光あれっ」
高々と叫んだ後、真紅の瞳がガタガタ震える大男を睨む。
畏れ多くも、彼女が唯一崇拝し、愛する神の御名を汚した大敵を。




