激怒した魔王
魔王ヴァレリー・クリフォードは、いつになく上機嫌だった。
ここ数年ほど大峡谷の地下本拠地で忍ぶ日々だったが、昨晩は久方ぶりに血湧き肉躍る戦をやれたし、短時間で快勝した挙げ句、こうして戦利品を手にすることもできた。
当然、中でも一番嬉しかったのは我が身の創造主である大神ベルザーグが光臨し、ヴァレリーを導いてくれたことである。
この北部の辺境で雌伏してもう長いが、未だに領土を回復できぬ不甲斐ない自分を、大神はまだお見捨てではなかった。
あのお方が慈悲深いお方だということは当然熟知しているが、それでもこれほど嬉しいことはない。
特に特に、自分のことを「可愛い我が娘」と呼んでくださった時は、このヴァレリーともあろう者が、思わず号泣するところだった。
自分がいかに創造主に心を寄せているかを、改めて再確認した思いである。
「ふふふ……それに、昨晩の戦では一財産できたしね。今度あのお方がご光臨されたら、盛大におもてなしができそうよ」
鹵獲した多数の軍船と積み荷の山を眺めつつ、ヴァレリーは凄みのある微笑を浮かべる。
彼女は、海岸に突き出ていた大岩に座り込み、臣下達がせっせと軍船から戦利品を運び出すのを眺めているのだが――
あれからまる一晩過ぎた現在も、未だに全てを回収しきれていない。
お陰で軍資金も糧食も、当分は不足あるまい。
「魔王陛下!」
副官格のバーンズが、スーツ姿のまま岩の下までやってきた。
一見、紳士風の痩身男に見えるが、種族は邪鬼であり、変身して真の力を発揮すれば、ヴァレリーですら殺すのに苦労するだろう。
そもそも体格だって、今の十倍以上に変化する。
もちろん、ヴァレリーの側近を務めるだけあり、魔族屈指の実力者の一人である。
「どうかした?」
「今更ですが、捕虜達の処遇を、いかがいたしましょうか」
今は海岸に座らせている、千に近い騎士達を手で示し、恭しく尋ねた。
「とりあえず、こちらに恭順する気はさらさないようなので、特にご命令がなければ、いつも通り、希望者に与えますが」
「そうね、たまには新鮮な餌も必要でしょうしね……」
さらりと恐ろしいことを言いつつ、ヴァレリーはふと首を傾げた。
そう言えばベルザーグ様は、この連中の出自を気にしておられたわね。
「一応の尋問はした? 敵の情報なども知っておかないと」
「抜かりはありません」
魔族の中でも特に文武に長ける彼は、深々と一礼した。
「拷問と精神支配を併用して、知り得る限りの情報は引き出しました。それと、念のために指揮官クラスをこちらの木偶にして確保しております」
……木偶というのは、魔族が使う精神支配の魔法の一つで、相手を完全に自分の支配下に収める術だ。
「それなら、もう問題ないわね。プレートアーマーや装備品を全部回収し、後は餌にするとよい。創造主様もお許しになられたことだし」
「ははっ」
嬉しそうにバーンズが最敬礼する。
彼もまた、堂々たる肉食なので、思わず顔に出たのだろう。
「おまえも食べていいけど、自分の配下の分まで掠め取っちゃだめよ?」
「め、滅相もないっ」
慌ててバーンズが手を振り、二人は顔を見合わせてふっと笑った。
「時に、陛下もたまにはいかがでしょうか? 人肉は見た目ほどまずくないですよ?」
「私はいいわ」
苦笑して、ヴァレリーは首を振る。
「牛か豚、あるいはドラゴンの肉が一番性にあっている。……ちょうどお腹が空いたから、誰かに命じて、持ってきてくれる?」
「ははっ。ただちに!」
「おい、いい気なもんだな、化け物の頭目!」
バーンズが急いでヴァレリーの元を辞した途端、大声で叫んだ者がいた。
海岸の……ヴァレリーに一番近いとこで拘束されて座っていた騎士で、特に大柄な男である。
ヴァレリーはちらっとそちらを見たが、足元で虫が鳴いた程度の感想しか持たず、すぐに視線を夜空に移した。
今宵もまた、ベルザーグ様がいらっしゃらないかしらね……などと考えながら。
すると、苛立ったのか、今度はさらに棘のある声でそいつが喚く。
「何が魔王だ、アバズレがっ。おまえを創造した創造主とやらも、野蛮なクソッタレに決まって――」
座っていた大岩から、いきなりヴァレリーが飛び降りたのを見て、男は驚いたように押し黙った。しかし、大股で近付く彼女を見て、ヤケクソにように怒鳴る。
「どうせ拘束された身だ、動けぬ戦士を殺したいというのなら、好きに殺せ! だが、名誉あるクレアデス共和国の騎士たる者は、臨終の際まで、決して怯懦を見せんっ」
「誰かあるっ! すぐにそいつの拘束を解き、好きな武器を選ばせよ!!」
海岸中に響く声で、ヴァレリーが叫ぶ。
「今の言葉が真実かどうか、魔王たる私が、直々に試すっ」




