一郎(ベルザーグ)の信徒
一郎はお気に入りのキャラを思い出し、早速、彼女の所在を確かめた。もしもこの「AIキャラが勝手に自由意志を持つ現象」が全てのキャラに反映されているなら……当然ながら、今頃はその子も己の意志で活動しているはずだっ。
そう思った瞬間、一郎はいてもたってもいられず、キャラサーチで「ファニール・シャンゼリオン」の居場所を突き止めようとした。
同じ街中にいるなら、これで所在がわかる。
するとなんと――
「なんだぁ? このメインストリートにいる!? あの子は、町外れで一人で暮らしてるはずだが?」
意外に思った一郎がメインストリートをくまなく調べると、果たして、ファニールはいた!
メインストリートの入り口……つまり、庁舎に近い広場の出口脇に立ち、ビラ配りの真っ最中だった。
背中を滝のごとく覆う、煌めく長い銀髪、そして大きな空色の瞳、白磁の肌にほっそりした肢体。今はちょうど十三才時点のはずだが、どのみちこの子は看板娘特権で、ある程度以上は老化とも無縁になってしまう。
「しかし……ビラ配り?」
画面を覗きつつ、一郎は首を傾げてしまう。
一体、なんのビラ配りだろう? まさか、近所の駅でいつも配ってるコンタクトレンズの宣伝チラシとか、そんなはずもあるまい。
シナリオの予定では、この子は世界の命運を握る一人であり、主人公格のNPCだ。
いわゆる、ゲームのアイコンにすら顔が出る、「ヴィオランディス・サーガ」を代表するキャラで、神(一郎)に祝福された重要NPCなのだ。
「どういうことだ?」
彼女を拡大表示して見ると、ファニールは道行く人々にいちいち声をかけてチラシを渡していた。
「世界の創造主、大神ベルザーグを讃え、共に歩んでいきましょう!」
「はあっ!?」
大神ベルザーグ……それは、このヴィオランディス世界における創造主のことであり、世界とキャラの全てを創造した存在である。
つまり、一郎のことだ。
一郎は無駄な茶目っ気と「この世界を構築したのは俺だ」という自負心を持って、実際自分がゲーム内でテストする時のキャラ名も、「ベルザーグ」としている。
この名前だけは、誰も同じ名前にできない設定としたほどだ。
故に、正真正銘、ゲーム開始以前から、ベルザーグとは一郎オンリーのことなのだ。
もちろん、NPCも全員が、この神様の名を知っている設定である。
しかし……まさかゲームの顔となるはずの看板娘が、大神ベルザーグの名を口にするとは思わなかった。
それはまあ、確かにそのうち神の名を讃えつつ、大敵と戦う設定ではあるが。
「ど、どういうことだよ」
一郎は時間の流れを一時的に止め、ファニールのキャラ画像をクリックした。
たちまち、画面一杯に彼女の設定が出る。
それは、こんな感じだった。
●神官 ファニール・シャンゼリオン●
種族:人間
年齢:13 銀髪碧眼
ベルザーグ教神官Lv1
大神ベルザーグに仕える神官 ベルザーグ教団の創設を志しているが、自分一人でも立派に教団の一員のつもり。
○キャラ概要○
ヴィオランディス世界における最大の良心であり、来たるべき魔族との戦いで先頭切って戦う乙女……のはずだったが。
今や、自らを創造してくれた大神ベルザーグに日々感謝して祈るうちに、ヴィルゲリア帝国内に、ベルザーグを奉る教団が一つもないことに義憤を覚え、自分の生涯をベルザーグ教団の創設に捧げることに決めてしまった。
幼少の頃に両親を亡くしているので、助けてくれる者は皆無であり、今は小なりと言えども、大神を讃える教会を創設するため、まずは信徒集めに尽力している。
「なんと!」
キャラの説明文章が、最初の一行目以降、微妙に変更されていたのは驚きだが。
それより一郎は、ファニールの健気な活動にいたく感動した。
そもそも、ヴィルゲリア帝国内に未だに大神ベルザーグを信奉する教団がないのは、一郎が後回しにしたからである。
戦神ヴァルキュリアや商人の神、その他幾つかの神を設定し、彼らを奉る教会も、帝国内に作った。
だが肝心の創造主はなにしろ(一郎の信念的に)自分のことなので、気恥ずかしくて後回しにしたのである。
なのに、この子だけは俺のことを忘れずに、自ら活動してくれるとはっ。
最近、涙腺の緩くなっていた一郎は、思わずマジ泣きしそうになったほどである。
大きく表示された優しく微笑むキャラ画像には、今配っていたビラの説明文もあったので、一郎はそれも読んでみた。
○創造主ベルザーグさまを讃えましょう○
今、この帝国内では――いえ、おそらくヴィオランディス大陸中で、なぜかベルザーグさまの存在がないがしろにされています。
他の神様にはそれぞれ信徒もいれば教会もありますのに、ヴィオランディス世界そのものと、このわたし達を創造してくださったベルザーグさまを讃えないのは、畏れ多いことです。
もしかすると、今各地から聞こえてくる戦乱の悲報は、ベルザーグさまをないがしろにしたが故の、当然の報いではないでしょうか?
わたし達は今こそ、創造主への不義理をやめ、その御手におすがりして、正道に立ち返るべきなのです。
わたしは非力な一人の女に過ぎませんが、ここに大神ベルザーグを讃える教団の設立を宣言し、皆様と共に大神に日々祈りを捧げたいと思います。
一部、意味不明なところもあったが。
「あんた……ええ子や」
読了後に、昔住んでいた関西地方の方言が思わず出てしまい、一郎は派手に鼻を啜った。
自分の娘と言ってもおかしくない年頃の女の子に、まさか泣かされそうになるとは思わなかった。まあ、それ以前に嫁すらいない身だが。




