トゥネスク教官と
「『異質の赤』を使えば、同じ属性の中であれば様々な発現が可能ということでしょうか?」とクリス。
「いいえ、一つの『異質の赤』では、偏向発現は一つだけなの」とルツィアが答えた。
「その言い方から察すると、『異質の赤』は複数あるってこと?」とユーナ。
「一人の術士に複数存在しうる、と言う意味でなら、その通り」
「ということは、『異質の赤』は『自分の赤』とは限らないってことですよね」とクリス。
『自分の赤』は最も持力増幅作用が大きい赤色のことを指す。『異質の赤』が複数あるのであれば、その中に『自分の赤』が必ずあるとは言えないことになる。
「じゃあ、なんでルツィアは『異質の赤』を探しているの? 『赤色探し』の答えにならないかもしれないのに」
「それは、単なる興味関心の問題。正直、『赤色探し』はどうでも良いと思ってる」とルツィア。
「そう言うことね」
確かにルツィアが言うように、『自分の赤』より『異質の赤』の方が面白そうに思える。
自分もルツィアの真似をしようかなと考えたところで、ユーナはふと、アンナから聞いた『赤の女神』のことを思い出す。
この女神は元々人間であり、複数の持力発現を使いこなしたという。
「ねえ、ルツィアはタイレイア・ルブラのこと知ってる?」
「ええ。赤の一族の巫女だった神様ですね」
「タイレイア女神は複数の持力発現を使いこなしたっていう話だけど、もしかして『異質の赤』を使ってたのかな。とか思って」
「そうね。彼女は10種類以上の『偏向発現』を使えたってことだけど」
「やっぱり。そうなんだ」
「それにしても、タイレイア・ルブラなんてマイナーな神様、よく知ってるわね」
「ま、まあね」
ユーナは多くを語らないことでごまかした。
ユーナが『赤色探し』に明け暮れている内に、『学館祭』の季節が近づいていた。この催しは文化祭と体育祭を一度にやるような内容で3日間行われる。館生だけでなくメーゼンブルクや近隣の住民も参加し、店も多く出るので街の中はかなり賑やかになる。
教室では館生の研究発表や、卒業発表が行われる。
卒業発表と言うのは、館生が複数の教官に対して研究や呪猟の成果を報告することで学館を卒業し、一人前の術士として認められるための儀式である。対象は高等部の館生なので、ユーナにはまだまだ関係が無い。
それから、銀鷲徽章争奪戦と対を成す金鷲旗争奪戦もこの祭の間に開催される。この争奪戦は銀のような遭遇&争奪戦ではなく、大聖堂裏の噴水広場を使ったトーナメント戦である。出場者も決まっていて、呪闘士専攻、準呪闘士扱いの呪猟士専攻、それから銀鷲徽章争奪戦の表彰者から構成される。参加は強制。
と言うことなので、ユーナも出場者の中に入っていることになり、無理矢理参加させられることになる。
一方で、『赤色探し』は、保管庫のほぼすべての赤色の調査を終えていた。
しかし、『自分の赤』は発見出来ていない。
どちらかというと『異質の赤』の方に惹かれるものを感じているユーナだったが、ここに至って諦めるしかないと考えるようになっていた。
もちろん、課題としての『赤色探し』もクリア出来ない。
このことを、ディトー・トゥネスク教官に説明しに行かなければならない。かなり億劫な作業だ。
ユーナは何度もため息をつきながら、クリスと一緒にトゥネスク教官の教官室に足を向けた。
教官室のドアをノックして中に入ると、少し不機嫌な感じのディトーがソファに座ったまま二人を出迎えた。そして、ユーナの顔を一瞥するや、さらに不機嫌になる。
そのユーナへ向けられる視線が雄弁に語っていた。
失敗したのか、お前。
ユーナはほんの少し頬を膨らませて、同じく視線だけで、
仕方ないでしょう?
と伝える。
諦めるの早くないか?
他に方策があるとでも?
使えないな。
悪かったですね。
と、まあ、本音のやりとりは無言のまま行われた。
じーっと見つめ合ったままのユーナとディトーの間で、何が起こっているのか理解できていないクリスは二人の顔を交互に見比べる。とりあえず、二人の雰囲気が良くないとクリスは感じていた。
実際のところは、猫同士がじゃれ合っているようなもので、それほど険悪なものではない。
しかし、そんなことはクリスには通用しなかった。
「あの、いったん落ち着いて、飲み物でもいかがですか? 珈琲でいいですか? わたしが厨房に行って来ますよ?」
クリスは気を遣うが、果たして二人を残して居なくなっても大丈夫なのか、判断がつかない。結局、クリスは二人の間で右往左往した。
その様子を可哀想に思ったのか、ディトーがようやく声を発する。
「ご苦労さま。『赤色保管庫』の赤を全部試したんだろ? それで、どうだった?」
出て来た言葉は労いだった。明らかに、建前の台詞。
「『赤色保管庫』には該当する赤色はありませんでした。力が及ばなくてすみません」
ユーナも建前で返す。
クリスはほっとして、今度こそ珈琲を取りに行こうとする。
「ああ、大丈夫だ、クリスティーネ」
ディトーは言うと同時に呼び鈴を鳴らした。
出て来るであろう召使いが、ディトーの屋敷と同じく真っ赤な服かもしれないとユーナは身構えたが、さすがにそんなことはなく、ごく普通の紺色のメイド服だった。
ちなみに教官たちが昼の間滞在する教官棟には厨房もあり、料理人もいる。甘い物もある。
「珈琲を3つ」とディトー。
「承知しました」と召使いは答え、ドアを閉めた。
クリスは教官棟で甘い物を所望する訳にも行かず、諦めたようだ。
「それで、これからなんだが」
まだやらせる気ですか!
何を言っている。当然だろう。
「『保管庫』に無いなら、外に出て探すと言う手があるからな」
「『保管庫』の赤は長い間集められてきた物なんでしょう? そこに存在しないってことは、『未発見の赤色を探せ』と言う意味と同じなんですが?」
ユーナはむっとして言い返す。そろそろ建前の会話が破綻してきた。
「そうとも言う」
「それは、とてつもなくハードルが高いんですけど?」
「そうかも知れないな」
ディトーは他人事のように言い放つ。
「1つ、良いですか?」
「なんだ?」
ユーナは声を大きくする。
「この件、何か裏がありますよね? 教えて頂けますか?」
「な、なんとことだ?」
明らかに動揺するディトー。
鎌かけのつもりだったが、本当に裏があるらしい。
「そこまでして課題を続けさせたい理由が何かを知りたいんです」
「それは……」
ユーナは最後のカードを切る。
「でないと、課題、止めますよ?」
ディトーは「むう」と唸った。
ユーナは視線で催促する。
するとディトーは、はあ、とため息をついた。
「『赤色師』には、位階ってもんがあるんだよ」
「位階? それが、課題とどんな関係が?」
「まあ、聞け」
ユーナとクリスは黙って続きを待つ。
ディトーの説明はこうだった。




