ルツィアと
翌々日の夕方、ユーナとクリスは、ランティエを連れて『ユーベル・シュバルツ』という喫茶店に向かった。この店は、珈琲の種類が豊富なことで知られているが、ケーキも良い物が揃っている。
今日も甘味を食べると3日連続になる。
珈琲だけにしようと、ユーナは心に誓った。
ルツィアはテラス席に1人で座っていた。亜麻色の髪を後ろでまとめ上げたヘアスタイルだったので、すぐに彼女とは気づけず、ルツィアのほうから声をかけられた。
ユーナは彼女の周囲を注意深く見回す。レオンハルトが居ないか確認したのだ。幸い、その姿は無かった。
ルツィアが向かうテーブルの上には紙が数枚広げられていて、そこには手書きの文字がびっしりと書き込まれていた。
ユーナはそれが何なのか気にはなったが、あえて触れないことにした。
「こんにちは。待たせちゃいました?」
「いいえ」と答えながら、ルツィアは紙をまとめて鞄に入れる。
「こっち座らせてもらいますね」
ユーナはルツィアに向かい合う位置に座り、クリスはその隣に座った。ランティエは立っていることを望んだが、ルツィアの隣に座ってもらうことにした。
「もう何か頼んですか?」
ルツィアが「いいえ、まだです」と答えたので、ユーナはウェイトレスを呼ぶ。
ユーナとルツィアとランティエは珈琲だけ。クリスはノッケルにするかザッハトルテにするかで迷った上で、ザッハトルテにした。出会って間もない人物を前にノッケルを平らげるのは、さすがに恥ずかしかったようだ。
「先に紹介するね、こちらは……」
「ランティエよ。ユナマリア・アルア・リーズ様の警護を仰せつかっている呪衛士」
ランティエは、言いながらルツィアを無礼なくらいまじまじと見つめた。
「あの、何か?」
ルツィアは気圧されてしまう。
「あなた、持力は『水』ね?」
「そうですけど……それが何か?」
びくびくしながらルツィアは答えた。
ランティエはしばらくルツィアを見つめた後、「なんでもないわ」と視線を逸らし、その後は沈黙を守った。
ユーナはランティエがなぜルツィアに対してこんな言動をしたのか、気になるのと同時に理解できなかった。いつもなら礼を重んじた節度ある対応をしているのに。しかし、訊いても答えてもらえないことは判っていた。
ウェイトレスが、珈琲3つとザッハトルテをテーブルに置いていった。
珈琲をひとくち。
ユーナは、ですます調の会話が段々ともどかしかった。彼女がどうしても『ルー』と重なって見えてしまって、丁寧な言葉遣いに違和感を感じてしまう。
「ルツィアさん、良ければ、あたしのことユーナって呼んでくれない? あたしもあなたのことルツィアって呼ぶから」
突然の申し出に、ルツィアは目を丸くして驚いた。
ちょっと強引で早急過ぎたのかもしれない。失敗したかな? とユーナが思っていると、ルツィアは嬉しそうに、
「それは是非。よろしくお願いします」
と答えた。
ユーナはほっとして胸をなで下ろす。
「では、わたしのこともクリスと呼んで下さい」とクリス。
ルツィアはこれも承諾した。
ユーナはカップを手にし、口に運びながらルツィアのことを見つめた。
それにしても、どうやったらあの兄の妹が、こんな風に育つんだろうか。
兄の方は、他人のことなど顧みない、傲慢で無礼で不遜な輩なのだから、同じような性格になってもおかしくはないはずだ(例えば、悪役令嬢みたいな)。
羽をあしらった扇子で口元を隠しながら、「わたくしと交友を結びたいなら、相応の礼を持つべきですわよ?」とかなんとか言いそうな。
そういう小娘は社交界で良く目にする。もっとも、リーズ家は貴族の中でも家格がかなり上なので、そういう口をユーナに叩く奴は居ないのだが。
ルツィアはそう言う小娘どもとも違う。
「ルツィアって、レオンハルト……お兄さんと全然性格違うよね」
もちろん良い意味で、だ。しかしユーナはそこまでは口に出さなかった。
「わたしは、母が亡くなるまで、父のことも兄のことも知らずに育ったから。だから、貴族としての振る舞いはよく知らないの。兄と違うとすれば、それが理由だと思う」
ルツィアはユーナに合わせて砕けた口調になった。
「それじゃあ、あたしと同じだね」
「同じ、と言うのは?」
「貴族の振る舞いをよく知らないってとこが。……養女だから、あたし」
「そう、なんだ」
「養女になるまでは、ディラルド領のファイラッドで暮らしてた」
「ああ、だから……」
「うん、その頃の幼馴染みに『ルツィア』って名前の子がいたの。あだ名が『ルー』。だから勘違いしちゃった。髪と瞳の色が似てたから。間違ってしまってごめんなさい」
ユーナは改めて謝った。
ルツィアは首を降って、「大丈夫。気にしてないから」と答えてくれた。
その後は、クリスが自分の生い立ちの話になり、自然と『赤色探し』の方へ話題が向いていった。
「ルツィアは、エイディオル教官の指示で『赤色探し』をやることになったんだよね」
「うん。ユーナはトゥネスク教官?」
ユーナは頷く。
「でも、なんであたしとクリスなのか、今でも不思議なんだけどね」
「それは、もう一つの『伝説の課題』をクリアしたからだと思うよ」
「やっぱり、そうなのかな。ルツィアの方はどうなの? どういう理由で取り組むことになったの?」
「教官の考えは判らないけど、わたしの理由は『異質の赤』、かな」
「なにそれ」
ユーナの知識にはない用語だった。それはクリスも同じ。
「広い意味では『異質の赤』は『自分の赤』に含まれるんだけど、他にはない特徴があるの。それは……」
「それは?」
ユーナとクリスはごくりと喉を鳴らして次の言葉を待つ。
「『偏向発現』と呼ばれる現象」
またナゾな専門用語が出てきて、ユーナはこめかみを押さえる。
「えーと、それはいったい、どんな?」
「簡単に説明すると、その赤色を使うと、発現形式が変わってしまうの」
「例えば、水が火になるみたいな?」
「そこまで極端なものではないけど、例えば、〈氷結〉が〈融解〉に変わるくらいのことはあるわね」
「へえ、それはすごい」
ユーナの瞳が輝いた。
そんな便利なものがあれば、呪猟のやり方にも幅が出る。




