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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
赤色魔術
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リッツジェルド兄妹と赤の女神

「あんた、『赤色術』なんて単位取ってないはずでしょ?」

 どちらかというと、『補助魔術に頼る理由が判らない』とか『リッツジェルド家はそこまで落ちぶれていない』とか、赤色術が必須な人たちから蹴り飛ばされそうなことを公言しているように思える。(筆者註:レオンハルトの名誉のために付け加えておくが、上の台詞はユーナの偏見である。)

「『赤色探し』のために取ることにした。正確には、妹が『赤色探し』に取り組みやすいように、だ」

「どういう理屈なんだか……」

 ユーナは呆れて言葉を失った。

 レオンハルトの言い分を要約すると、『妹のために赤色術を専攻することにした』ということになる。けして、赤色術に興味関心があってのことではない。

 ユーナは思った。

 妹思いにしても、少し度が過ぎてないか?


 館生の都合で専攻を増やしたり減らしたりするのは可能である。だが、そう言うことをする館生はあまり多くない。なぜなら、中途半端な知識と経験が増えるだけだからだ。そういう物は呪猟においては邪魔以外の何物でもない。呪猟で必要なのは、たとえ狭くても深い知識と経験であって、浅く広いのは不要。かえって判断力が鈍る原因になる。そして、判断力が鈍れば魔物に返り討ちにあう可能性だってある。


 だから、レオンハルトの行動は、館生の一般常識からは外れている。しかも、その理由が妹のためとなるとなおさらだ。

 裏を返せば、レオンハルトはルツィアをそれだけ大事に思っている、と言うことにもなるのだが……大事に思われている方からすると、少々暑苦しさというか、鬱陶しさが先に立つ。……半分くらいは嬉しくもあるが。これはユーナも経験済みの感覚だった。

 ユーナの場合、暑苦しいのは主に養父で、遭遇すると『おお、我が娘よ!』とかなんとか叫びながら抱きついてくる。幼い頃はそれでも黙ってされるがままにしていたが、最近は条件が許す限り身を躱して避けるようにしている。

 レオンハルトが同じように『おお、妹よ!』などと言って抱きついているとは考えにくいが、レオンハルトなりの暑苦しさは発揮していると思われる。

 それを裏付けるように、ルツィアは兄の隣で笑顔のまま固まっていた。顔は少し赤めだ。他人の前で『妹のためだ』などと真っ正面から宣言されては、妹の立場としては恥ずかしいに違いない。

 家でならともかく、こんな風に学館でも兄に付きまとわれるというのは、どうなんだろうか。

 ユーナだったら耐えられない。多分。

「大変ですね、ルツィアさん」

 同情して声をかけると、ルツィアは否定も肯定もしなかったが、薄く苦笑いした。それだけで、彼女の心情が判った気がした。


「お兄様、そろそろお時間ではありませんか?」

 レオンハルトは懐中時計を取り出して時間を確かめた。

「では、今日はここまでにしようか」

「はい、判りました」

 ルツィアは素直に従う。

「では、お嬢さん方、今日はこれで失礼する」

 レオンハルトが礼を取るのを無視する形で、ユーナはルツィアに声をかける。

「あのね、ルツィアさん。今度お茶でも飲みながらゆっくりお話しませんか? 課題のこととか。それ以外のことも」

「良いですね」

「じゃあ、明日の夕方、4限の後はどうかな? 場所は『ユーベル・シュバルツ』で」

「明日は都合が悪いので、明後日はどうでしょう?」

 ユーナはクリスがこくりと頷くのを確認してから、

「判りました。じゃあ、明後日の4限の後で」

「はい、では、その日に」

 と言い残し、レオンハルトとルツィアは、ユーナのすぐ横を抜けて保管庫から姿を消した。

「あ」

「どうしたんですか?」

「一人で来てって、伝えるの忘れた」


 ユーナはクリスと一緒に甘い物を食べてから寮に帰った。

 今日も夕食はパスすることにした。

 自室に戻って服を着替え、椅子に座ってほっとため息をついたのも束の間、ドアにノックがあった。

 ドアを開けると、そこに居たのは、アンナだった。

 さらにその後に、クリスの姿がある。

 アンナが分厚い本を重たそうにしながら持っていたので、それを受け取り、二人を中に招き入れる。

「それで、二人でどうしたの?」

 アンナは「これを見てください」とテーブルに置いた本を開く。


 示されたページには、女性の絵が大きく描かれている。頭は布を巻いた独特のスタイルで、クヴァルティスではお目にかかることはない異国風。服はへそ出しの布面積少なめで、一見して踊り子のよう。


「これは?」

「女神を描いた絵です。御名は『赤の女神(タイレイア・ルブラ)』」

「初めて聞いた」

「古い時代に信仰された神です。今は崇拝する人もいないようです」

「この神様が、『赤色探し』に関係がある、ってことなのよね?」

「正しくは、『赤色術』に関係します」

「聞かせてくれる?」

「タイレイアは添え名が示すとおり、赤色を司る神です」


 添え名というのは、神様に付けられるあだ名のようなもの。大抵の場合、司るものを指している。

 アンナの説明によると、タイレイア信仰は赤の一族(フェルマイル)を起源とし、そこからダールバイとゲイルゴーラに広がった。それがだいたい500年前くらいのことで、クヴァルティスではようやく国として体裁が整った時期に当たる。

 当時、赤色には魔除けの効果があると信じられていた。清めとして赤色が用いられ、家の戸口に

 赤い物をぶら下げて魔物が家に入り込むのを防いだり、棺桶の中を赤一色に塗って死者を魔物から守ったりということが行われた。

 それゆえにタイレイアは『退魔の女神』という添え名もあった。

 しかし、200年ほどで信仰は廃れてしまったらしい。その理由はよく判らない。


「タイレイアは赤の一族に属する巫女で、死後に神として祀られるようになったようですね」

「元々、人間だったってことか」

 人間が神に祀り上げられることは洋の東西を問わず結構ある。例えば、戦争で名を挙げた英雄や王様などがそうだ。

 タイレイアは巫女として、かなりの功績を挙げた人物だったに違いない。

 アンナは頷いて、さらに説明を続ける。

「巫女としてのタイレイアには異色の存在で、複数の持力発現を使いこなしたそうです」

「介力の発現じゃなくて?」

「文献では、『複数の持力発現』と記述されています」


 一人の術士が持力を使って発現できる事象は一つに限られると言うのが現在の定説である。もちろん、応用によって様々に事象を変化させることは出来るし、『概念魔術』のような技術も存在しているが、こういった技術も結局は、一つの発現形式から派生しているものに過ぎない。


「特殊っていうか、そんなこと出来るものなの? っていうのが正直な感想ね。……それで、タイレイアが『赤色探し』に関係があるってことなの?」

「それは、まだ断言できませんけれど。『赤色探し』が『幽体捕獲』のように裏がある課題なのだとしたら、タイレイアのことも考慮に入れておくべきかと思います」

「そうだね。ありがとう、アンナ」

 お礼を言うと、アンナは小さくはにかんだ。


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