再会(?)
「ありがとうございました」
ユーナが礼を言うとディトーは、
「そういえば、言い忘れてたな……実はな、『番外の緋』を使うときは、目を閉じちゃいけないんだよ」と言って、ほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「え? そうなんですか?」
「持力を計る時にはな。介力の場合は関係ない」
「じゃあ、今計ったのは、無意味ってこと?」
「そうなるな」
ユーナはため息をついた。
「もう一回、やっても良いですか?」
「良いとも。好きなだけやると良い」
やり直しは、はっきり言ってめんどくさいが、やっておかないと後でさらに面倒なことになりかねない。
カーテンを再調査した後(結果は前回と変わらずだった)、椅子を勧められたのでユーナとクリスは座った。
「で、何の用だ?」
「赤色保管庫を使わせてください」
ユーナは単刀直入に訊いてみた。
「いいよ」
あっさり許可が下りた。
「保管庫は教官棟の別棟にある。鍵は開いてるはずだ」
「わかりました。ありがとうございます」
礼を言ってユーナとクリスは研究室を離れた。
赤色のサンプルの中には希少な物や高価な物も含まれている。長い間をかけて蒐集され、大事に保管されきたものでもある。
ディトーは保管庫の鍵が開いていると言っていたが、もし本当ならかなり不用心なことだとユーナは思った。
『赤色保管庫』の鍵は、確かに開いていた。
カンテラを手にしたユーナとクリスは木製の分厚い扉をくぐって保管庫に足を踏み入れた。
手元の明かりに照らし出される庫内はあまり広くないようだった。
『保管庫』の中で明かりに照らし出されるのは、赤い土や赤い石、赤い宝石などで、それらが五段の棚の上に陳列され、名札が付いていた。
そういう棚が2列並んでいる。
保管されている赤色の素材は、結構な数があった。
「うわ、これ全部、実験するの?」
ユーナは思わず大きな声を上げた。
すると、奥の方から「誰かいるんですか?」と女性の声が聞こえた。
先客がいたのだ。ユーナ達と同じく『赤色探し』に関わる館生かもしれなかった。
「ごめんなさい、大声を出してしまって」
「いいえ、大丈夫です」
靴が床を叩く音がする。その音は近づいてきて、ユーナの持つカンテラの光の前に、少女が姿を現した。
「こんにちは」と少女が挨拶する。年齢はユーナとそれ程変わらないように見えた。
ユーナも同じように挨拶を返した。
「もしかして、お二人も『課題』、ですか?」
言明は避けた言い方だが、彼女のニュアンスは、『赤色探し』のことを指している。
「そうなんですよ。あなたもですか?」
「はい」
彼女の顔には見覚えがあった。それから、彼女のかもし出す雰囲気にも覚えがある。優しくて、どことなく儚げで、大人びた感じ。
ただし、覚えがあるのは、今見ているままの彼女ではない。
会っているとすれば学館ではなく、もっと幼い頃ということだ。
ユーナは記憶をたぐり寄せる。
おそらく、リーズ家に引き取られる前のことだ。引き取られてから学館に入館するまでの間、同い年くらいの知り合いはアンナしか居ない。となると、ファイラッドでイルザと暮らしていた頃のことになる。
その時期に会っていて、しかも女の子となると該当する対象は限られる。
そして、目の前の少女には、その面影が確かにあった。
「ルー?」
それはファイラッドにいた頃に知り合った浮浪児の女の子の名前だった。目の前の少女は、確かにルーを彷彿とさせる。
「ルーだよね? うわ、懐かしい。あたしのこと判る? ユーナだよ」
一人はしゃぐユーナをよそに、少女は冷静に言い返す。
「ルー、ですか。確かに幼い頃、そのように呼ばれていたこともありましたけど。どうしてそれを、あなたが?」
「え?」
ユーナの表情が固まる。動揺しながらも、確認の質問をする。
「えと、あたしの名前に覚えはない?」
「ありますけど、それは学館に来てから噂としてだけです」
「ファイラッドに住んでいたことはない?」
「ディラルド領のファイラッドですか? ……そのような場所に住んだことはありません」
「そうですか。……人違いみたいですね。すみませんでした」
ユーナは素直に謝罪して見せたが、内心では自分の考えを捨ててはいなかった。他人の空似というはあまりに似すぎている。なにか理由があって素性を隠しているのではないか。
「いいえ、大丈夫です」と言った後、彼女は何かに耐えているかのようにぎゅっと唇を結んだ。
「せっかくなので、自己紹介しておきますね。あたしは……」
「ユーナ・オーシェさん、ですよね。本当の名前は別にあるとも聞いていますけど」
彼女は悪戯っぽい笑顔を見せた。
ユーナの本当の名前も知っていると暗に告げている。銀鷲徽章争奪戦の表彰式で、ユーナは本当の名前を宣言するという暴挙(?)を実行しているので、彼女が知っていてもおかしなことではない。
「有名人ですね、ユーナさん」
自分のことのように嬉しそうな表情をするクリス。
ユーナは「あはは……」と困った顔で苦笑いしてから、「持力は〈水〉です」と付け足した。
続いて、クリスが自己紹介する。
「わたしは、クリスティーネ・クライル=ヴァールガッセンです。ユーナさんと同じ、中等二年で、持力は〈風〉です」
「ヴァールガッセン家の方ですか」
「と言いましても、旧ヴァールガッセン家とは血の繋がりを持ちません。名前だけ継いだ新しい家柄とご理解ください」
「判りました。自己紹介が遅れましたが、わたしは……」
彼女は一瞬、名乗るのを躊躇した。なにが彼女をそうさせたのかは判らない。
「わたしは、ルツィア・リッツジェルド、中等二年で、持力は〈水〉です」
「リッツジェルド?」
それだけを言って、ユーナは絶句した。
リッツジェルドと言えばレオンハルト。あの傲岸不遜が服を着て歩いているような奴が当主の、あの!
この優しそうな少女が、どうして、そんなことに?
「兄がいつもご迷惑をお掛けしています」
ルツィアは深々と頭を下げた。
「……あ、いえ」
『そんなことはない』的ニュアンスの台詞を言うべきタイミングなのだが、ユーナはどうしても言うことが出来なかった。
迷惑なら、十分掛けられている。いや、正確には、レオンハルト関係の出来事を思いだしてみる限りでは、迷惑と言うほどの迷惑ではない、と言えなくもない。
と、そこまで考えて、ユーナは違和感を覚えた。
その理由はリッツジェルドという家柄の特徴にあった。リッツジェルド家は、代々炎属性の人材しか現れない、単一属性の家系だった。〈水〉属性のルツィアがいるのは、なんとなく違和感がある。
それを察したのか、ルツィアは、
「わたしは、レオンハルトの腹違いの妹です。母が〈水〉属性だったので、それを受け継いだのでしょう」
とわざわざ説明を加えた。
「そうなんですね。失礼な質問ですけど、お母様はお亡くなりに?」
ルツィアが母親を『〈水〉属性だった』と過去形で言ったので、訊きにくいが訊いてみることにした。
「そうです。わたしが2歳の時に亡くなったと聞いています」
「そうですか」
ルツィアの説明はつじつまが合っている。
だが、彼女がユーナの知るルーではないと断定するだけの根拠も無かった。
「それでは、そろそろ失礼しますね」とルツィア。
「あ、はい。また会いたいですね」とユーナ。
「同じ課題に取り組むのですから、またお会いすることになると思いますよ。では」
ルツィアは軽く会釈して、保管庫を出て行く。ユーナはそれを姿が見えなくなるまで見送った。
彼女が素性を隠しているのを、わざわざ暴くことは許されないのだろう。




