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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
赤色魔術
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闇と光

 イプセウス探索用の緋は『番外の緋(ブラス・エクストラエ)』と呼ばれる。見た目は普通の緋とあまり変わらないが、重さがまったく違う。同じくらいの長さの緋針と比べると、2倍くらいは余裕である。

 発現も違う。『第1の緋』と『第3の緋』は使用者の持力特性のままに発現する。『第2の緋』は持力の純化が起こり、淡く発光するのみ。


『番外の緋』は、人によって2つに分かれる。

 1つは強く発光するタイプ。『番外の緋』を握る人物が白い光の中に埋もれて見えなくなることもある。発光する範囲は人によって様々で、緋を握るこぶしくらいしか光が現れない人もいれば(つまり、持力量が少ない)、人一人が光の中に包み込まれるくらい光が現れる人もいる。

 もう一つのタイプが、強く発闇するタイプ。光の代わりに闇が現れるタイプで、発光の場合と同じように持力量によっては『番外の緋』が見えなくなるくらい暗くなることもある。発闇の範囲については、発光するタイプと基本同じだが、範囲が広い人が多い(つまり、持力量が多い)。

 発光するタイプを『光の持力(ハビリス・ルキス)』と呼び、発闇するタイプを『闇の持力(ハビリス・カリゴニス)』と呼ぶ。

 魔術学における解釈では、持力は『アストラル圏に属する(アニマ)が放つ魔力』とされているが、魔力が事象発現対象に到達するまでに、アストラル圏だけを行き来するかと言うとそうではない。伝達される経路には2系統がある。つまり、アストラル圏を通るものとエーテル圏を通るものがあるのだ。

 これが『番外の緋』が発光するか発闇するかの差を生んでいる。

 ちなみに、この事実は、クヴァルティスでは知られていない(教えられていない)。


 ……という内容を、ユーナはアンナから聞いた。

『赤色探し』の一件について、自分とクリスだけでは手に余ると考えたユーナは、ディトーからは他言無用とは言われていないのを良いことに、アンナに相談することを思いついた。

 ディトーの家を辞して、クリスと一緒にすぐにリーズ寮に戻り、クリスとランティエを連れてアンナの部屋を訪れ、『番外の緋』を見せて説明したのだ。

 いつものことだが、アンナの知識量には圧倒されるものがあった。

 そんなアンナだが、『番外の緋』をみるのは初めてだった。見た目は普通の緋と変わらない『番外の緋』をじっと眺めたり、触ったり、爪で弾いたり、陽の光にかざしてみたりしている。一通りの調査を終えたらしいアンナは、興味津々の視線をユーナとクリスに送って言う。

「持力はもう通してみましたか?」

「ううん、まだ」

「では、ここで通してみていただけますか?」

「良いけど」

『番外の緋』を受け取ったユーナは、軽く持力を通す。すると、緋から闇が広がった。まるで、緋を握る右手の空間だけ、真っ黒に塗りつぶしたようになった。

「えっ? なに?」

 アンナから説明を受けたにも関わらず、ユーナは驚きの声を上げた。自分が『闇の持力』の保有者とは思いもしなかったのだ。

 しかし、アンナは「やはり」と想定していたように呟いて、

「本気で持力を通してみていただけますか?」

 とユーナに指示した。

「うん、判った」

 ユーナは目を閉じる。言われたとおり、気合いを入れて持力を込める。

 アンナが息を呑む気配と、クリスの「うそ……」という驚きの声がした。

 何が起こっているのかと思って目を開ける。


 視界は真っ暗だった。光の射す隙間のない、真なる闇。自分の姿も、クリスもアンナも、壁も家具も、何も見えない。

「なにこれ?」

 ユーナは驚きのあまり叫んだ。途端、闇が消え、午後の陽射しが戻る。集中が切れて緋への持力供給が途切れ、発現が停止したのだ。

 ユーナは眩しくて目を細めた。

「なんだったの?」

 ユーナの問いに答えたのはアンナ。

「ユーナさんの持力量があまりに膨大だったので、私たち3人全員が闇の中に閉じ込められたのです」

「びっくりしました……」

 クリスが素直な感想を述べる。

「さすがですね」と、なぜか自慢気なランティエ。

 ユーナは『番外の緋』を握る右手をじっと見つめた。

「なんであたしが闇系なの……?」

「持力量が多い人の持力性質は『(カリゴ)』である場合が多いと聞きます。ユーナさんの持力なら、納得のいく話です」

「でも……」

 ユーナは、なかなか納得できない。

「ユーナさんのは、『闇』は『悪』と考えているのですね?」

 アンナが訊いた。ユーナは頷いて、

「だって、悪神バスティゴートって闇の神でしょ?」

 と、神話を引き合いに出す。

「十二柱神の1柱、冥府の神デイクリアスも闇の神ですよ」

 アンナが反証を示した。


『光』と『闇』、『善』と『悪』。本来この二つの対となる概念は関係が無いのだが、世間一般には『光』は『善』、『闇』は『悪』と結びつけて考えられている。

 つまり、ユーナは自分の持力が『悪』であると解釈してショックを受けていた。


「そうかもしれないけど……」

 しゅんとしているユーナを見かねたアンナが「いいですか、ユーナさん」と声を大きくした。

「古来、『光』は『闇無き闇』、『闇』は『光無き光』とも呼ばれ、一対の概念であると同時に同質のものと理解されているのです。『光』と『闇』に善悪はありません。それを使う人間が善悪を決めるのです」

「そう言えば、光のイエッタ(イエッタ・ルキス)って、歴史的には悪人ですよね」とクリスが思いだしたことをそのまま呟いた。


「イエッタ・ルキス……。本名、イエッタ・フォン・カムネリア、ですね」とアンナ。

 光のイエッタはディバイニス戦争で活躍した人物。戦争の端緒を切った人物であるクヴァルティスの将軍ディバイニスの配下で戦った術士の一人である。

 彼女の好敵手(ライバル)闇のレーイ(レーイ・カリゴニス)と言い、イエッタはレーイに敗れて戦死したと伝わっている。レーイはディバイニスと敵対したゲイルゴーラの王女フィリス・デンの配下だった。


「ちなみに、」とランティエが人差し指を立てて饒舌に説明を始める。「イエッタは光魔術、レーイは闇魔術、それぞれの最後の使い手であり、彼女たちの後、二つの魔術系統は途絶えたと言われています。さらにちなみに、イエッタは美青年だったディバイニスに惚れていて、彼のためなら非道も辞さなかったそうです。実際、史実においてもイエッタは残虐な所行にも手を染めたと言われています。でも、ディバイニスがイエッタを振り向くことは無かった……」

 ランティエの説明をクリスが引き継ぐ。

「そんな二人を描いた小説があるんですよ。タイトルは『上弦の月』と言います。お勧めですよ」

 それはともかく。


 よくよく考えてみると、持力が『悪』だったからと言って、ユーナ自身が悪いことをしてきた訳ではない。今後、悪いことをしたいと思っているわけでもない。性格は……少し生意気だと自分でも思っているが、かといって悪人になったつもりはない。

「要は気の持ちよう、ってことよね」

 そういう理論展開で、ユーナは自分を納得させることにした。

「そうですよ、ユーナさん!」とクリスが励ました。


「じゃあ、次はクリスの番ね」

 ユーナは『番外の緋』をクリスに渡す。

 クリスはそれを受け取り、ごくりと喉を鳴らした。緊張しているようだ。

「や、やってみます」

 クリスは目をつむった。

 緋を握った手を胸元に置く。すると、手を中心に球状に強い発光が始まった。それはクリスの胸の辺りを隠すくらいの大きさに膨らんで止まった。

 光は熱くはないが、夏の陽射しを思わせる強さだった。

 球がどのくらいの大きさなら持力量が多いと言えるのか、ユーナとアンナには判断がつかない。ただ、何となくだが、クリスの光る球は小さめのように思えた。実際、クリスの持力量は少なめなのだ。

「どうなったんですか?」

 クリスが目を開ける。直後、手のひらで目を覆う。同時に白光が消失した。それからようやく、「まぶしいです」と言った。


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