赤色探し
「焼き上がる前に要件を済まそうか」
「はい」
「ルボル・イプセウスを知っているか?」
「『自分の赤』、ですか? ……いいえ」
ユーナの知識の中には無い。クリスも「知りません」と言って首を振った。
「そうか」
不勉強だな、と言いそうになってディトーは言葉を止める。本来なら、ルボル・イプセウスは高等に上がってから学ぶ内容。ユーナ達中等二年が知っているとは限らない。
「『名前付き』の一つですか?」とユーナ。
『名前付き』は、発見者の名前が付いた赤色のこと。例えば、ある赤い鉱物が発見されたとする。その赤色が、『赤色師』が管理している中に存在しない場合に、発見者の名前が付けられるという仕組みになっている。
有名なところでは『カリスの赤』というのがある。この赤は、『ユーリア・カリス』という女性術士が約百年前に発見した、植物を元にした染料。入手のし易さから、現在もっとも利用されている赤色の一つである。
それは、さておき。
「ルボル・イプセウスってのは、自分に一番相性が良い赤色のことだ。だから、特定の赤色を指す訳じゃない」
「そうですか」
ユーナは、そんなものがあるんだ、ふーん。くらいのつもりで話を聞いていた。
「もし、イプセウスを発見できたら、持力量が少なくとも3倍になるといわれている。まあ、その代わり、発見するのは至難の業とも言われているがな」
「3倍……」
驚きと共に目を輝かせたのはクリスの方だった。クリスは持力量が多い方ではない。赤色魔術を専攻しているのも、自身が抱える欠点を補おうとしてのことだ。
ディトーは、表情を変えたクリスに目を向けた。ユーナよりクリスの方が話に乗ってくると判断したようだ。
「そこで、これだ」
ディトーがどこからともなく取り出してテーブルに置いたのは、緋製の細い棒。一見、緋針と見間違えそうだが、目の前のそれは先端が尖っていない。
「これは?」
ユーナは棒から視線をディトーに移す。
「これは、イプセウス探索用の緋だ。『第一の緋』より純度が高い」
「凄いですね」
ユーナは素直に感心する。
『第一の緋』は、呪猟で用いられる緋鋼の中では一番純度が高い。それだけに高価な物でもある。
そんな『第一の緋』よりもさらに純度が高いというのだから、値段は推して知るべし、と言ったところだ。正式な術士すら所持していないはずだ。
だから、一介の館生が手にできるようなものではない。ディトーがなぜそんなものを見せびらかすのか、意味が判らない。
「珍しいものを見せていただけたのは嬉しいですけど、これがどうかしたんですか?」
ユーナの問いに、ディトーはニヤリとして頷いた。
「うむ。お前たちに貸してやろうと思ってな」
「なんのために?」
「これを使って、ルボル・イプセウスを見つけてきなさい」
「は? なんでですか? 見つけるのは至難の業だって、さっき……」
「これを使えば、比較的容易に見つけられるはずだ」
「なんであたし達が……?」
「良い結果を期待しているぞ!」
「そうじゃなくて。ちゃんと説明してください。でないと、このまま帰りますよ?」
ユーナはソファから腰を浮かせる。
「待て待て待てっ! 判った、ちゃんとやる。ちゃんと説明するから」
「最初からそうしてください」
ユーナは改めてソファに座り直す。
一連の言い争いを、クリスはただ眺めているしかできなかった。
「これは、『伝説の課題』だ」
と言って、ディトーは紅茶を口に含んだ。
「伝説の課題っていうと、『幽体捕獲』みたいな?」
「『赤色探し』という。赤色術専攻生の中から、見込みがある奴を選抜して受けさせる」
この台詞の中で、ディトーは『見込みがある』の箇所を強調した。誰彼構わずではなく、ユーナとクリスを特別に選抜したという点を強調したいようだった。
ユーナにしてみれば、ありがた迷惑な話である。
正直なところ、乗り気にはなれない。前回の『幽体捕獲』では、かなり苦労させられた。おかげで得る物も大きかったとは言え、出来ることなら、もう二度と『伝説の課題』には関わりたくなかった。
だが、クリスは違った。
「課題をクリアすれば、ルボル・イプセウスを入手出来るんですか?」
「その通り」
と言ってディトーは大仰に頷いた。満面の笑みを浮かべて。それは、一見する限りでは、やる気のある館生を見守る教官の笑みだった。が、ユーナはイヤな感じの含みを感じた。
とは言えユーナとしては、クリスがやる気ならそれに付き合うのはやぶさかではない。
だが、ディトーの裏の思惑は、はっきりさせておきたかった。
「どうして『伝説の課題』だって事を隠す必要があるんですか?」
「そりゃお前。それが『伝説の課題』だからだ」
「それは、どういう意味ですか?」
「『伝説の課題』は、原則、秘匿されるべきものだ。そもそも、『赤色探し』なんて課題、聞いたことあったか?」
「いいえ」
「だろ? つまり、知ってる奴らは口をつぐんでいるってことだ」
『幽体捕獲』とその点は同じらしい。
「だからって、何も教えないで課題を受けさせるというのは、どうなんですかね」
「知らない方が良いことだってある」
「その言い方からすると、『赤色探し』にも、何か裏があるんですね」
ユーナは確信して言った。
『幽体捕獲』の時は禁術が関係していた。『赤色探し』にも何かがあるのだろう。
ユーナの問いにディトーは答えなかった。代わりに、
「課題に合格した場合、ルボル・イプセウスの使用許可証と、1科目の無条件単位授与が用意されている。褒美としては十分だと思うが、どうだね?」
と条件を提示した。
「わたしは、参加したいです」とクリスが答えた。彼女の場合、単位よりもルボル・イプセウスの方が関心が高いようだ。
「ユーナさんは、どうしますか?」とクリス。
「どうって……付き合うわよ」と言ってユーナはため息をついた。
「それは良かった」
ディトーは満足げだった。それから呼び鈴を振る。
すると、赤いメイドが姿を見せ、テーブルに食事を並べ始めた。
『赤色探し』に何が隠されているのか。
「危険な物じゃないと良いけど……」と、ユーナは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。




