木曜、午前
空には薄く雲がかかり、メーゼン川は相変わらず緑と白を混ぜたような水が波を立てて流れていく。時折通り過ぎる馬車の馬の蹄が石畳を鳴らす。
昨晩の事が嘘のように思える、毎朝の当たり前の光景。
「昨日の夜はどうだった?」
メーゼン橋ほとりの『ファルマ・スティクトーリス公爵像』の下で、ユーナは、待ち合わせに遅れてきたクリスに訊いてみた。
「駄目でした~。九支点でも、法円はできるみたいなんですけど…ー…」
「うまく機能しない?」
「はい〜」
「だよね……」
「ユーナさんはどうでした?」
「……あたしも失敗だった」
暴風のことは隠すことにした。説明するにしても、どう説明すればいいのか判らない。
「そうですか。やっぱり、結界は『封じの法式』の代わりにはならないと言うことでしょうか」
「まだ試してない結界で出来ないかと、思ってはいるんだけど……」
真面目な顔でユーナが呟くと、クリスは『え? まだやるんですか?』といいたげな複雑な表情をした。
木曜日の『赤色術』講義。
『赤色術』というのは、補助魔術の一種で、一言で説明するなら、
『赤い色を用いた魔術』
である。赤色であれば、固体でも液体でも構わないが、色合いによって術士ごとに相性があるとされている。
その発現はいたって単純で、魔力の増幅である。持力にも介力にも効果がある。その理屈は今もって明らかになっていないが、古来から伝えられてきた歴史ある術系統である。よく判っていないので断言はできないが、エーテル源魔術の一つとされている。ただ赤色のものを持っているだけでも効果はあるが、例えば赤色の液体を呪具などに塗れば、強い効果が得られる。
その最たるものが『赤色装法』であり、呪文を詠唱するときに唇に塗る。
見た目がそのまま化粧なので、男性術士からは敬遠されている。また、魔力増幅に頼りたくないという矜持の術士も多い。一方で持力量に不安がある者には必須となる。
そういう理由もあり、この術は人気があまり無く、その上受講者は女子の姿が多かった。
教官を待っているユーナの隣に、いつも通りにクリスが座っている。その反対側から、この講義では聞くはずのない声がかかる。
「ここ、空いてる?」
ユーナが返事をする前に、クリスとは反対側の席にどかりと座り込んでくる女子がいた。
ニキアだ。
「あんた、赤色取ってたっけ?」
「あ、いや、違うんだけど」とニキアは頬を掻く。
「だったら、どうして?」
「うん、実は、相談があってさ」
丸太を斧で叩き割ったような性格のニキアが、珍しく歯切れが悪い。
「まあ、あたしで良いなら相談に乗るけど」
「どうしたんですか?」
クリスが話に首を突っ込んでくる。
ちょうどその時、女性教官が教室に入ってきた。ニキアは出て行くかと思いきや、そのまま居続ける。
「で、相談なんだけど」
ニキアは声を潜めて続けた。
「実は『幽体捕獲』の課題のことなんだけどさ。あれ、一緒していい?」
「別に構わないけど」
「ご一緒ですね」とクリス。
「もう一人誘おうと思うんだけど、いいよね?」
「どなたですか?」
「アンナ」
「ってだれ?」
「アンネッテ・コーエル」
「ああ、二年次の主席の人?」と言うニキアの表情は、なんとなく不服そうな気がする。
「……何か、問題あるかな?」
「あたしは別に。ただ驚いただけ」とニキア。
「クリスは?」
「わたしも、基本構わないですけど……。ただ、あの人、ちょっと苦手です」
「そうなの?」
「近寄るなっ、って言う空気が漂っている気がして」
「そうかな? まあ、取っ付きにくいところは、確かにあるけど」
「あ、でも、そんなに気になる訳ではないので、大丈夫です」
その時、教官からお叱りの言葉が飛ぶ。
「そこの三人、お喋りするなら教室から出て行きなさい」
「すみません、気をつけます」とユーナは代表して謝る。
「それから、その隣の女子!」今度はニキアに声がかかる。
「はあ、あたしですか?」
「そう、そこの大きいの。あなた履修生じゃないでしょう」
バレている。
「すみません」ニキアは素直に謝る。
「まあ、いろいろな術法に興味を持つのは悪いことじゃないから認めてあげるけど、どうせなら毎回出てきなさい」
「わかりました」
本気かどうかは判らないがニキアは首肯した。
九十分後、時計塔の鐘が遠くから聞こえ、講義の終わりを知らせる。
「これからアンナと待ち合わせがあるんだけど、二人とも来てくれない?」
「問題ないならご一緒させてください」とクリス。
「じゃあ、あたしも」とニキア。
三人は待ち合わせ場所のカフェに向かう。
道すがら、ニキアが感心したように話し出した。
「『赤色術』って、どうでもいいやって思ってたけど、意外に役立つんだね」
座学は敬遠するニキアが、受講してさえいない講義に興味を持ったらしい。
「まあね、覚えておいて損はないわよ」
「でも、口紅付けたりするんだろ?」
「それは赤色装法っていう詠唱に上乗せする法式だけど、それだけじゃないから」
「そーかー」
「わたしは好きですよ、赤色装法。だってお化粧みたいで楽しいじゃないですか」
クリスが会話に入ってくる。
「あたしは化粧はちょっと」とニキアは苦笑いする。
目的のカフェに到着する。『ユーベル・シュヴァルツ』という名前のこの店は、大聖堂の側にあって、この街で一番の名店だ。
二階のテラス席が空いていたので、四人席に座る。
ウェイターにコーヒーを三つとアプフェルシュトゥルーデルというケーキを一つ注文する。これはクリスの分。
「お昼前なのに食べちゃって大丈夫?」
「昼食もちゃんと食べますよ?」
相変わらず大した食欲である。
少し間を置いてコーヒーとケーキが運ばれてきた。ユーナとニキアはコーヒーを一口含む。その傍らでクリスはケーキにフォークを刺した。
「二人ってさ、前からそんなに仲良かったっけ?」
頬杖を付いたニキアが訊く。
「ううん、最近よね?」
「はい」と頷きながら、クリスはケーキをいそいそと取り分けて、ユーナに進めた。
「あ、あたしはいいよ」ユーナは断った。さすがに昼前に甘いものは控えたい。
そんな二人のやりとりを見ていたニキアはニンマリとする。
「やっぱり、あの噂は本当なんだ」
「何がやっぱりなのか知らないけど、噂って何?」
「二人が付き合ってるって」
ユーナは飲みかけたコーヒーを吹きそうになった。
「はあ? そんなわけないでしょ」
ユーナは全力で否定した。
「わたしは、それでも良いですけど」
クリスは頬を染める。
「クリスも何言ってるの?」ユーナは裏切られた気分になる。
「噂になってんだよ、二人のこと。ユーナが姫を守る『野薔薇の騎士』で、クリスが『菫のお姫様』、ってね」
「そんな噂、どこから……?」
「いや、出所は知らないんだけどね。……でも、そーゆー噂が立つ理由は何となく理解した」
「だから違うって。クリスも言いなさいよ、あなたは伯爵サマが良いんでしょ?」
「伯爵って、だれだれ?」
食いつくニキア。
「館生で伯爵位を継承している人って、一人しかいないでしょ」
「あ! リッツジェルド伯爵か。あー、あの。へえ、クリスの趣味はそうなんだ」
「なんだか、引っかかる言い方ですね」
「あれはライバル多いでしょ」
「それ以前に、あの男には許嫁がいるけどね」
コーヒーに口をつけながらユーナが言った。
「えっ? そうなんですか?」
クリスは驚いて聞き返す。
「といっても、候補が何人かいるだけだから、クリスも可能性はあるよ。なんといっても、クライル商会の跡取り娘なんだから、後ろ盾が普通とちがう」ユーナは何となくフォローを入れる。
「誰が候補だか、ユーナは知ってんの?」
ユーナはゆっくりとカップをソーサーに戻し、にっこり笑顔で言う。
「さあ? 詳しいことは知らないな」
「そうですか……」
「よかったね、クリス。まだ望みはありそうじゃない」とニキア。
「そんな、何人も候補がいるなんて、不潔だと思います。それなら、わたしはユーナさん一筋で行きます!」
「おー、ガンバレクリス。応援するぞ!」
「そんなことより。『幽体捕獲』のことよ!」
「そんなことって言われました……」
クリスはしゅんとしてしまう。が、ウェイターが通りかかると、
「あ、ザッハトルテを追加お願いします」
と、もう一つケーキを注文した。
ちょうどその時、アンナが姿を見せる。
「こんにちは、ユーナさん」
「あ、アンナ、わざわざごめんね。寮で話せれば良かったんだけど……」
「いいえ、外でお話しするのにちょうど良いお天気ですし」
ユーナはアンナと二人を引き合わせた。
アンナがコーヒーで一息ついたのを見計らって、ユーナは話を切り出す。
「それで、『幽体捕獲』の件なんだけど」
「はい」
「課題をあたし達と一緒にやって欲しいの。アンナの符術の知識を借りたいの」
「符を使っても捕獲はできませんよ」
「うん、判ってる。だから、それに緋針法を合わせれば……」
「もしかしてエーテル源多角結界を試そうとしてますか?」
「内向式を使えば、閉じ込めることが出来るでしょ?」
「ちょっと待って下さい。ユーナさんは、いま知っている魔術には幽霊を捕獲出来るものはないと、言ってましたよね」
「そうなんだけど、ちょっと思うところがあって」
「いずれにせよ、結界では捕獲できないと思います。それに、そもそも敷設方法はどうするつもりですか? 呪杖専攻のわたしもユーナさんも、多角結界は不向きですよね」
「それは大丈夫。専門家がいるから」
「どなたです?」
「この子」
ユーナはクリスの肩を軽く叩く。すると、嬉しそうにザッハトルテを割っていたクリスは「わたしですか?」と驚いてユーナを見る。
「大丈夫よね?」
「がんばります……」
「そうだとしても……」
「アンナは、やってみる価値もないと思う?」
「過去に課題に挑んだ館生が同じことを考えなかったはずはありません。しかし、成功したと言う話は聞きません」
「でも、出来ないって言う話も聞かないでしょ?」
「現実的に、不可能だと判断したのでしょう」
「それは、幽体が〝脆い〟から?」
「そうですね」とアンナは頷いて言葉を継ぐ。「幽体は、本来魂が結びついているのとは異なるマテリアルと弱結合しているので、結界の反発力に耐えられないでしょう。すぐに崩壊して消滅してしまうはずです」
「それが、そうでもないみたいなんだよね」
ユーナは昨夜の出来事を説明した。
「そんな幽霊が存在するなんて、信じられません」
アンナは驚いた様子だ。
「でも、いたのよ」
ユーナは真剣な表情でアンナを見つめる。アンナは自分に向けられた視線を気にした様子もなく話を続ける。
「確かに昨晩の暴風は、自然現象とは考えにくいと思ってはいたのです。そうなると、まるで持力を単純発現したような現象……それも、とても強力な持力を、です」
「幽霊が持力を使うなんて、出来るものなの?」
ユーナは半信半疑で訊いた。
「何事にも例外はあるのでしょうけど……普通は考えられません。持力とは、魂から発せられる精霊同士の断続的な連動と理解されていますが、これには、エーテル圏を介在したマテリアル圏との確固とした結びつきが前提となります。ですから、幽体に持力の行使は出来ないとするのが一般的です」
この世界は、アストラル圏、エーテル圏、マテリアル圏の三層が重なって構成されている。
アストラル圏とは、いわゆる精神世界のことを指す。
マテリアル圏とは物質と運動の世界を指す。
エーテル圏とは、時間でありエネルギーであると理解されている。また、アストラル圏に属する意思と、マテリアル圏に属する運動を繋ぐ役割がある。
本来、魂は、単体ではアストラル圏に属する存在であり、かつ、エーテル圏との結びつきを失っているので、マテリアル圏、すなわち世界への干渉力を持たない。
幽体とは、魂がエーテル圏と結びつき、一時的、また擬似的にマテリアル圏への干渉力を得た存在のことである。しかし、その干渉力は非常に弱く、持力を行使できるほどのものではないと理解されている。
なお魂は、エーテル圏に固有である時間の概念を持つ。これは、結合子が結びつく時に、エーテルを取り込む為である。ゆえに純粋なアストラル圏構造体ではなく、時間の概念を持ち、アストラル圏とエーテル圏を行き来する時限的有限性精霊群体と呼ばれることもある。
「あたしが遭った幽霊は、エーテル圏との結びつきが強いということ?」
「そう考えることも出来るかもしれません」
「だったら、捕まえることは出来るんじゃないのかな」
「強力な結界を使用すれば、あるいは可能かも知れません。ですが問題はまだあります」
「と言うと?」
「運良く捕まえることが出来たとして、その幽体を、どうやって提出するつもりですか? 課題は提出して完了ですよ」
「それは……」
アンナの言う通りだ。結界を地面に敷けば、そこから動かすことは出来ない。
「だったら、結界を敷いた板を、荷車に載せるのは?」
「では、魔力源はどうしますか? 紋章法であっても魔法陣法であっても、魔力源には限りがあります。夜に捕獲して、朝に提出するとして、その間、結界を維持出来るだけの魔力源は、二年次ではまだ学んでいません」
「そこをアンナにお願いできないかと……。アンナなら、高度な魔力源のことも知っているでしょ?」
「知ってはいますが、それでは、課題の意図と違うと思います」
「というと?」
「つまり、中等二年に出された課題なのですから、相応の知識で答えられるものであるはずです」
中等二年の課題に、高年次で学ぶ術法を用いる課題が出されるはずがない。本当にそんな術法が必要なら、その年次の課題として出題されるはずである。故に、例え利用することが出来ても、高年次向けの知識を用いた解答は不正解となる。これがアンナの意見。同じようなことは、ユーナもとうの昔に気付いていたはずだった。
「てことは、あの幽霊を捕まえられたとしても、結局、提出は出来ないのか」
「はい、残念ながら」
「残念……」
リーズ寮の白い霊のことは諦めよう。ユーナはそう判断した。その代わり、呪衛士に通報して狩ってもらうことにする。
ということで、白い霊のことは頭の脇に追いやり、改めて課題のことに集中する。
「じゃあ、やっぱり、今は廃れたような術式を調べるべきなのかな」
「黒い本は、もう調べたのですよね?」
「そうそう、そこに書いてあったんで結界に拘ってたんだけど」
ユーナは必要なページが破られていたこと、一部の文節が残っていたことを説明した。
「封じの法式……それは封魂法でしょうか……いえ、でも、時代的にあり得るのかも……」
「何か気になることでも?」
アンナはすぐには答えなかった。その表情には迷いがあった。相当言いにくいことなのだろうと想像できる。
「今は、どんなことでも手がかりが欲しい」ユーナが告げると、アンナは「これは内密に」と念を押してから話し始めた。
「封じの法式が、封魂法のことだとすると、それで幽体捕獲は可能でしょう」
「じゃあ、それが答えってことね?」
アンナ以外の顔がぱっと明るくなる。しかし、アンナは対照的に沈んだ表情で首を振った。
「残念ながら、課題の役には立ちません。いえ、それ以前に、その方法を知る人がいないのです」
「どうして?」
「クヴァルティスでは、禁術指定されているからです」
「封じの法式が?」
「術士法第百二十九条に、このような条項があります。『封魂の系統の使用を禁ずる』」
アンナは法律の一文を持ち出した。
『術士法』とは、術士の権限や制限が記載されている法であり、クヴァルティスのすべての術士はこの法律に従わなければならない。違反した場合、術士の卵である館生であっても処罰の対象となる。禁術に手を出せば、術士資格剥奪の上、国外追放が待っている。さすがに死刑になることはないが、術士への道は完全に絶たれることになる。
「そんなの、使えないじゃない……でも、待って。それっておかしくない? ファルマ・スティクトーリス公爵って、館長にまでなった人でしょ。そんな人が禁術について書いているのは変だよ」
学館の館長は名誉職だが、術士を束ねる十八頭領会に名を連ねるほど高位の人物でなければ就任する事は出来ない。つまり、禁止する側の人間が禁を破っていたことになってしまう。
「封じの法式、正式には封魂法が禁術指定になったのは、ファルマ・スティクトーリス公爵が館長の時代のことです」
「つまり、禁術になる前に本を書いて、その後、燃やす代わりに破り捨てた……ってこと?」
「そんなところでしょう」
「あ~、もう!」
ユーナはテーブルに突っ伏した。
「なんだか皮肉ね、合格できる方法が禁術だなんて」
不意にアンナの顔から表情が消えた。
「ここからが本当の内緒話になりますけど……本当に禁術を探すというのは、どうでしょう」
「冗談、よね?」
ユーナは頬を引きつらせる。
「いいえ、本気です」
「だって、禁術よ? 資格剥奪よ?」
「術士法の解釈にもよりますけど、禁止されているのは、禁術の使用だけです。知っているだけでは違反にはなりません」
「幽霊を捕まえるには、使わない訳にはいかないでしょう?」
「使わずに済ませる方法があるのかもしれません」
「どんな?」
「例えば、既に完成している呪具を見つける、とか……」
呪具には、完成された状態で術士に提供されるものと、術士が自分で作るものがある。前者に属するものは緋に関するもの。後者は、符術全般、それに赤色術なども含まれる。アンナの言う完成された呪具がどういうものか、ユーナには想像できなかったが、『作る』ことも『使う』ことの一部だと解釈すると、アンナの言うとおり、『使う』必要はないのかも知れない。
ユーナは腕組みする。しかし禁術に関わる時点で、深く考えるまでもなく答えはナイン(ノー)だった。
「アンナには悪いけど、それだけだとリスクが高すぎる気がする。それに、そもそも関係する本なんかは全部廃棄されたんじゃないの?」
「いいえ、いくつかは残されているらしいのです。確かめる必要はありますけど。もちろん、本当に危険になったら手を引きます。それは約束します」
どうしますかと、アンナが三人に問い掛ける。
沈黙するユーナとクリスの顔を見比べるように伺ってから、ニキアが答える。
「あー、あたしは特に気にしないかな。どうせ、一人じゃ何も出来ないし。危なくなったら全力で逃げるし」
「ユーナさんがやるのでしたら」
クリスが追随した。
「ほんとに良いの?」
ユーナが問うと、二人は同時に頷いた。ユーナは二人の緊張感の無さにため息で応じた。
禁術に手を出すのはあまりにも危険な香りがする。だが、このままでは手詰まりなのも確かだ。状況がどう転ぶかはっきりしない不安はあるものの、信頼できるアンナが言い出したことである。禁術を使っても大丈夫な逃げ道があるのかも知れない。
「ま、いざとなったら逃げればいいか。いいわ、やってみましょう」
ユーナも同意することにした。
アンナは、この時になって初めて口元に笑みを浮かべた。
「それではまず、『落石通り』に行ってみましょう」
「『落石通り』?」ユーナはオウム返しに言う。
「『落石通り』に転がり落ちた石は、ひとりでに崖の上に戻るそうです」とアンナが説明を付け加えるが、意味が判らない。
「は? それは、どういう……?」
「そう言う伝説があるんです。通称『転がり登る岩』」
ユーナは聞いたことがなかった。しかし、知っているかどうかは、この際あまり意味がない。
「念のため訊くけど、『幽体捕獲』に関係ある話なのよね?」
「もちろんです」
アンナの顔にはまったく迷いがない。
「関係あるってのは一応理解するけど、行ってどうするわけ?」とニキア。
「『落石通り』の伝説は『封魂の系統』に関係がある可能性があります」
「あんなところに? 禁術が残ってるって言うの?」
「それを確かめるために行きます」
「……アンナが、そういうなら」
ユーナは、よく判らないまま頷いた。