ディトーの邸
「今日のご予定は午前に『魔術史Ⅱ』と『緋針Ⅰ』、午後は予定無し、ですね」
「そうです」
一週間の予定もすべて知られてしまっている。特に教えた覚えはないのだが。
ちなみに、ユーナは緋針関連の受講も始めていた。いろいろと経験してみて、呪杖だけでは対処できない不利な場面があると気づいたからだ。
「あ、そうだ。トゥネスク教官に呼ばれているので、お昼はクリスと一緒に教官の家に行きます」
「『赤色おばさん』のところですね」
ランティエは苦笑いする。彼女が館生だった頃から、ディトーはそう呼ばれていたようだ。
「教官に呼ばれた理由は、判っているのですか?」
不意に表情を戻してランティエが訊く。何か心配事があるような口ぶりなのが引っかかる。
「判らないんですよ。でも、きっとろくな事じゃないと思う」
「気をつけた方が良いかもしれませんよ」
「そのつもりです。それはもう、経験済みですから」
午前の2コマを終えて、クリスとランティエと一緒にディトーの屋敷を訪れた。
出迎えてくれたのは真っ赤な服に身を包んだメイド。
「あの……こちら、ディトー・トゥネスク教官のお宅、ですよね……」
想像外のことに驚いて、訊くまでもないことを訊いてしまった。普通は紺や黒のメイド服を、エプロンまで真っ赤に染めて召し使いに着せるなんて真似、ディトー以外の誰がやるというのか。
当然ながら、赤いメイドは、「その通りでございます」と畏まって答えた。丁寧で落ち着いた応対だった。
「本日、お昼頃に伺うよう言われている、館生のユーナ・オーシェとクリスティーネ・ヴァールガッセンです」
「承っております。どうぞ、こちらへ」
赤いメイドが屋敷の中へ導いてくれる。
「行ってらっしゃませ、ユナマリア様」とランティエが声をかけた。
赤はメイドだけにとどまらなかった。
赤い絨毯。赤いカーテン。
赤い壁に、赤いテーブル、ソファ。
ロビーも、応接室も赤ばかり。
きっと、寝室もバスもトイレも厨房も赤なのだろう。
ユーナとクリスがソファに座ってすぐに出てきた飲み物も、赤いカップに注がれた紅茶だった。
ディトーは、まだ姿を見せていない。
ユーナがクリスへ視線を向けると、それに気づいたクリスが、くすっと笑った。
「どうしたの?」
「いえ、赤ばかりなので、なんだかおかしくて……」
「だよね。……これでお昼ご飯まで赤だったらどうしよっか」
「まさか、それはないと思いますよ?」
「いや、あり得るとでしょ」
「そうですか? 例えば、どんな食材だと思います?」
真っ赤な食べ物というと……。
「トマト」とユーナ。
「いちご」とクリス。
「じゃあ、ラディッシュ」
「林檎、は季節外れですね。では、パプリカ」
二人がそんなやり取りをしていると、ドアがばーんと開いて、屋敷の主人が姿を現した。
「本題に入る前に食事にしようか」
ソファに腰を落ち着けたディトーが呼び鈴を鳴らす。
すると二人の赤いメイドが姿を見せて、テーブルに皿を並べていく。
ザラートとブロート。そこまでは普通。
問題は、リント(牛肉)だ。焼け具合が、ロー(レア)。いや、表面にわずかに焼きが入っているだけで、ほとんど生だ。
これも確かに赤い。
「こう来たか……」
ユーナが呟くと、クリスは抑えられずにくすくすと笑った。




