ディトーとランティエ
しかし、ディトーの化粧と服飾センスは、誰の目から見ても異様だった。
口紅は深紅だし、頬紅は濃いし、マニキュアも真っ赤。服は日によって濃淡に違いがあるものの、原則的に赤系を着ている。さらに胸や腕を飾る宝石はルビー。
こんななので『赤色おばさん』などとあだ名がつく訳だが、問題なのはどれもこれも本人に似合っていないことだ。
若作りとも違う。
単純に、素直に、そして確実に、似合っていない。
しかし、それを忠告する者はいない。というより、出来ない。
理由は怖いからだ。ディトーは自分のセンスには絶対的自信を持っているので、それを傷つけられるような言動には敏感だった。
『赤色学Ⅱ』の講義終了後、
「ユーナ・オーシェ、クリスティーネ・ヴァールガッセンの二人は、こちらに来なさい」
と呼ばれたので、ユーナとクリスは言われたとおりに演壇に立つディトーのところへ赴いた。
「何か御用ですか?」とユーナが問う。
「二人とも、明日の午後は暇?」
「えーと、時間は空いてます」
とユーナが答える傍らで、クリスは「はい」と首を縦に振った。
「だったら、明日のお昼、わたしの家に来なさい。昼食をごちそうしてあげる」
そう言うと、ディトーは、意味ありげにニヤリと笑みを浮かべた。
教官が館生にご飯をおごるというのは、一般的なことでない。
その笑顔の後ろには、良からぬ企みが隠されているように思えてならなかった。
「えーと、それは、どういう魂胆ですか?」
「魂胆とは言ってくれるね、ユーナ。わたしの善意に何か裏があるとでも?」
「え? それ以外に何があるんですか?」
ディトーは沈黙してユーナを見つめた。ユーナも負けじと見返す。
疑り深い小娘だな!
とディトーの視線が言う。
あなたに関わるとろくなことがないですから!
とユーナの視線が言い返した。
用事があるのは当たり前だろう! でなきゃ呼んだりしない!
それがイヤだって言ってるんです。
いや、悪い話じゃないからさ? (懐柔する気の視線)
本当ですかー? (胡散臭げな視線)
ほんとだって。
そう言われてもなー。
クリスの目には、二人の間でばちばちと火花が散っているようにしか映らない。
「とにかく、明日の昼、わたしの屋敷に来なさい。悪いようにはしないから」
ディトーは一方的に会話を打ち切った。立場的にも年齢的にも上の人物からのお誘いを断るとは出来ない。しぶしぶ、ユーナは「判りました」と答えた。
翌日、朝食を採ってから寮のロビーに出ると、そこでユーナを出迎える人影が、一つ。
「おはようございます、ユナマリア・リーズ様」
長身の女性がユーナを出迎えた。纏うのは呪猟士の正装。肩まであるストレートの銀の長髪と冴え冴えとした蒼の瞳が、冷たい雰囲気を与えている。しかしそんなイメージに反して、彼女の持力特性は〈炎〉であり、その中でも特に危険な〈超攻撃的〉に属する〈灼炎〉。岩をも溶かすその持力の発現を初めて目の当たりにしたとき、ユーナは度肝を抜かれたのを覚えている。
この女性は、『ランティエ』というあだ名だった。本名は『レナーテ・フォイエルバッハ』と名乗ったが、いつもはあだ名の『ランティエ』で通している。
クリスの領地検分に同行してくれた術士で、呪猟の腕前は超一流。クリフト村での出来事を丸く収めるのに尽力してくれた。
そんな彼女が朝っぱらからどうしてユーナの出発を待っているのかというと。
今のランティエの肩書きが『リーズ侯爵家ご令嬢ユナマリアの護衛』、だからだ。
ランティエはどういうつもりなのか、クリフトから戻ると、リーズ家に仕官してユーナの護衛の任に就いてしまった。彼女は若いながらに名前を知られた呪猟士だったので、リーズ家としても士官を断る理由はない。
ランティエがユーナを出迎えたのには、そう言う経緯があった。
「おはようございます、ランティエさん。あたしのことはユーナと呼んで下さい」
「いいえ。私はリーズ家の家臣ですから。主人の名前を偽ってお呼びすることは出来ません」
毎朝恒例の会話を、ユーナはため息で打ち切った。
『銀鷲徽章争奪戦』の時、ユーナは自分の本当の名前を大勢の前で告げている。だから、今さら隠す必要も無いのだが、未だに気だけは遣っている。




