プロローグ
赤色魔術。クヴァルティス語でロートツァウベルと呼ばれるこの魔術は、赤い色を使うもので、分類としては補助魔術に属する。
赤い物であればなんでも使えるが、一般には液体を用いることが多い。呪具に塗ったり、身体に塗ったりして使う。
発現事象は『魔力の強化』。
魔力には2種類あり、人間が持っている持力と空間に偏在する介力がそれに当たるが、その両方に効果がある。
ゆえに持力保有量の少ない者や、符術士などの介力をメインに使用する者に重宝されている。
因みにだが赤色魔術の原理は今もって解明されていない。一応、古代の叡智、『精霊哲学』と『精霊生物学』により定義されるらしいが、その学問自体が今となっては失われて久しい。
ユーナは豊富な持力量を持つにも関わらず、赤色魔術を専攻していた。強い動機があってそうしたわけではない。
とある人物の事情に巻き込まれて専攻を余儀なくされた、というのが実情。
しかし、それに強い不満を覚えた訳でも無かったので、そのままずるずると専攻を続けている。
赤色魔術を専攻して、良いこともあった。付き合いは短いのにもはや親友と言って良い間柄のクリスと出会ったのは中等1年次の『赤色学』でのことだった。
当初、ユーナはクリスに関心がなかった。
同じに学年の『赤色魔術』専攻に美人がいる、という認識はあった。彼女はいつも男女問わずファンに囲まれ、座ればその周りは人で埋まり、歩けばその後ろに列が並ぶ。そんな感じの人気者だった。
クリスの方は、というと、ユーナのことをずっと気に掛けていた。あまり友達を作らず、黙々と勉学に打ち込むユーナを、クリスは孤高の人と思っていた。術士としての適性も高いし、リーズ侯爵家の令嬢だという噂もあるしので、一種の憧れを抱いていた。
クリスの理解はあながち間違いではないではないが、孤高の人かというと少々疑わしい。
そして、男に絡まれていたクリスをユーナが助けるという事件によって、二人は友達付き合いを始めたのだった。
さて、話を戻すと、そんな二人が取っている講座に『赤色学Ⅱ』というのがあった。その講師はディトー・トゥネスクという50歳くらいのおばさんで、ユーナを赤色魔術の世界に引っ張り込んだ張本人。『赤色師』を拝している。
通称は『赤色おばさん』。
ちなみに『赤色師』というのは、赤色の物質の管理人のことで、ディトーを含めて3人いる。世界各地で収集された赤い物を分析し、管理する専門の術士である。一応、呪猟士に分類されるが、魔物狩りはしない。
ディトーは太めの体形で、髪は赤みがかった金髪、瞳はブラウン。
性格は気さくで、悪く言えば大雑把で、なんとなくニキアを彷彿とさせるところがある。
しかし、それは表向きのことで、ユーナの見立てでは、結構、打算的で腹黒いようだ。
ユーナはけしてディトーが嫌いな訳では無いが、どこか自分に似ている気がして、いわゆる同族嫌悪のようなものを感じてしまっていた。
それから、一応、人生の先達に対して敬意を払う気持ちはある。あくまで、一応だが。




