司祭との出会い3
その時、閉まっていた扉が開いて、隣のおばさんが現れたかと思うと、つかつかと歩み寄って司祭とユーナの間に割って入った。
司祭は虚を付かれた状態になったが、すぐに立ち直り、「何か、ご用ですか、ご婦人?」と張り付いたような笑みを浮かべる。
問われたおばさんは、司祭を品定めするように見つめていたが、それも数秒のことで、
「司祭様、あたしはカヤと言います。この家の隣に住んでいる者です」
と、こちらもまた作り笑いを浮かべた。
カヤと名乗った隣のおばさん(ユーナはその名前をこの時初めて知った)もまた、イルザと同様に聖堂のことを良く思っていないのは明らかだった。総じて、聖堂は貧民にウケが良くない。貧しい者をこそ救うのが聖堂の本来の理念のはずなのだが。
「ほう、それで、隣人が何の用かな?」
司祭の笑顔に、幾ばくかの苛立ちが混じる。
「この子が孤児院に行くまで少し時間が欲しいのです。この家はこの子の養い親だったイルザが借りていたものですが、家財はイルザとユーナの物です。その処分をする必要があります」
「なるほど。では、こうしましょう。一週間後にユーナちゃんを迎えをよこします。それまでに片付けてください。あなたも手伝ってくれるのでしょう?」
「もちろんです。寛大なお計らい、ありがとうございます」
「ところで、家財の処分というのは売るということですか?」
司祭の目が強欲に光る。もし売るのであれば金銭がユーナの懐に転がり込む。ユーナは孤児院行きが確定しているので私財を持っていくことが出来ない。つまり、金銭は聖堂が没収できると言うことだ。といっても貧民の家財を売ったところで雀の涙ていどにしかならない。それでもその金を入手できることを司祭は期待したようだった。
そんなささやかな野望をカヤが打ち砕く。
「いえ、次の持ち主に譲ることになるでしょう。古い家具でも引き取り手はいくらでもいますから」
「……わかりました。では、ユーナちゃん。一週間後に迎えの者をよこします。孤児院で会いましょう」
では、と言い置いて司祭は家を出て行った。
司祭の姿が見えなくなった途端、カヤはくるりとユーナの方へ振り向き、
「孤児院に行くことに決めたのかい?」
「……うん」
カヤは、「そうか」と言って小さくため息をつく。
「まあ、あんたが決めたことだから、口は出さないよ。だけど、覚悟はしておきな」
「覚悟って、どういう?」
「司祭が何を言ったか知らないが、孤児院の子供は中で夜遅くまで働かされると聞いている」
「そうなんだ」
「稼いだ金は全部聖堂に持っていかれるらしい。ただ、孤児院を出るときになけなしの金を支度金として渡されるらしいが……まあ、あんたならうまく立ち回れるかもね」
「どういうこと?」
「あんたは氷を作ることが出来る。今までのようにそれを商売に出来れば、少しは待遇が違うかも知れない」
「うん」
「それから、人から聞いた話なんだけど……」
「なに?」
「あんたはみたいに妙なことが出来る奴は、国が生活を保障してくれることがあるらしい。だから、孤児院に耐えられなかったら、国を頼るのも一つの手だよ」
クヴァルティス帝国では、持力保持者は学館に入館することが義務付けられており、入館に際して経済的困窮者は帝国が補助するというものがある。
カヤの発言は、このことを聞きかじってのものだ。カヤ自身、明確な根拠があって言っている訳ではない。
ユーナは「判った」と答え、一応、カヤの忠告を頭に入れておくことにした。




