イルザの死
しかし、その日はやって来た。
また明日も同じように働き、お金を稼いで、どうにかしてイルザに薬を。
また貯金を始め、金額はすでに薬の値段の半分は超えている。
もう少し、もう少し。
そんなことを何度も繰り返し頭の中で反芻する。
イルザはきっと良くなる。
あたしを一人にしたりしない。
ベッドに潜り込んだまま、鬱々として過ごしていると、息苦しい声で自分を呼ぶ声がした。
「ユーナ。ユーナ、来て」
ベッドから降り、イルザの所に向かう。
「来たよ。どうしたの?」
「良かった、ユーナ。眠ってしまう前に、どうしても伝えなくてはならないことがあるの」
イルザの声はか細いが、はっきりした口調だった。
「うん、なに?」
「わたしがいなくなったら、リーズ侯爵を頼りなさい」
「いなくなるって……どういうこと?」
「そのままの意味よ。そんなことより、いい? リーズ侯爵はジュギス市にいるはず。ニクラス・リーズの娘だと言って、台所の棚の上のペンダントを見せなさい。それで判ってもらえるはず」
イルザの言葉は遺言のようで、ユーナの不安を煽った。
実際、それは遺言だった。
イルザがユーナに隠し続けてきたこと。
ユーナがもっと大人になったら言おうとしていたこと。
それを幼いユーナに告げるしか、術はイルザには残されていなかった。
悔しかったに違いない。しかしイルザはその感情を飲み込んだ。
「出来ることならあなたがちゃんと大人になるまで見届けたかったけど、無理みたい。あちらに行ったら、ニクラス様に謝らないといけないわね」
「そんなこと言わないで!」
「ユーナ。強く生きなさい。あなたは、武門貴族の雄、リーズの血を、引いて、いるのだから」
イルザの声がだんだんと小さく、弱くなっていく。
「イルザ!」
「強く、つよく……」
その言葉は、ふっと途切れ、もう繰り返されることはなかった。
「イルザ!」
ユーナに答える声は、もうなかった。
冷たくなっていくイルザを見ながら、ユーナは呆然としていた。
涙はまったく出なかった。
近所で死者が出たとき、その家族は棺桶に取りすがって、周囲の視線などお構いなしに泣いて、泣いて、泣きまくっていた。その時は、そう言うものなのだと思っていた。
だが今は、どうしたら泣けるのかが判らなかった。というより、泣きたいという感情すら沸いてこなかった。
ユーナの精神はイルザがいなくなったという事実だけでいっぱいだった。他に考えることも、行動することも出来なかった。
朝になると、隣のおばさんが家に来て、状況を知るとすぐに出ていった。しばらくして数人の大人が数人入ってきて、イルザを診た。
そして、一人が小さく首を振ると、他の大人はため息を吐いた。
この間も、ユーナは何もしないままイルザのベッド隣に座っていた。大人達には、まるで人形がそこに居るように思えた。
「ユーナ、ユーナ!」
隣のおばさんがユーナの頬を軽く叩く。
それでもユーナは反応しない。
仕方なく、大人の一人がユーナを抱き上げ、イルザの隣のベッドに寝かせた。
そして大人達は今後のことを話し始めたが、ユーナの耳には遠い他人事のように思えた。




