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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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イルザの病気

体調が悪くなっていたイルザが、とうとう倒れた。

隣の家のおばさんにベッドに寝かされたイルザはそれでも「仕事に行かないと……」と言って聞かなかったが、おばさんに「なに言ってんだい! あんたに何かあったらユーナはどうすんだい!」とどやされて大人しくなった。


イルザは「大丈夫だから」としきりに言ったが、ユーナは不安な気持ちでいっぱいだった。

容態は日に日に悪くなっていく。

ユーナは儲けたお金で薬を買おうと思った。

「買える訳がない」と一様に声を揃える大人達を尻目に、ユーナは無理やり聞きだした薬屋に向かった。

そして、大人達の言葉の意味を思い知った。

ユーナとしてはかなり稼いだつもりだったが、それは子供の感覚でしかなく、現実には子供の想像がつかないほど高価なものはたくさんある。

何も手にする物がないまま、ユーナは家に帰るしかなかった。


やがて、イルザはベッドから起き上がることも出来なくなった。

ユーナは次第に弱くなっていくイルザを見守るしか出来なかった。

「イルザ、イルザ、大丈夫?」

ベッドに寄り添って呼びかけると、イルザはうっすらと目を開け、手を伸ばし、ユーナの頭を撫でた。


ある日、ユーナは大人たちの会話を耳にした。

「あれはもうダメかもしれないな」

「葬儀の準備を……」

「あの子は可哀想だが……」

「ダメじゃないっ! ダメじゃないよ!」

ユーナは叫んでいた。

ばつが悪そうな大人達はユーナの前から姿を消す。しかし、隣のおばさんだけはユーナに向き直って、

「良いかい、ユーナ。物分かりのいいあんただから言っておくけど。覚悟はしておきなよ」

ユーナはその意味を理解した。だが、頷きたくなかった。だから、首を横に振った。何度も何度も。


そんな状況だったが、イルザを隣のおばさんに任せて、ユーナは氷売りを続けた。もっと儲けることができれば、薬を買える。

ダメでもともとの思いでユルゲンに相談してみた。

「そう言うことなら、貸してやるよ」

「ほんとですか?」

意外なことに驚きの視線を向けると、ユルゲンは苦笑いした。

「おいおい、おれをなんだと思ってるんだ? ユーナには儲けさせてもらっている。前借りくらい、融通するさ」

「ありがとうございます」

「家族を大事にしろよ」

それから、働き始めたばかりのウド達からもお金を借りた。

それでやっと、薬を買える金額が揃った。


薬屋の主人は、最初、ユーナを胡散臭げに見ていたが、お金を見るなりころりと態度を変えた。

イルザの病状を伝えると、主人はふむふむと話を聞いて、いったんカーテンの向こうに姿を消した。そして再び現れた時には、その手に袋を携えていた。

「この中の物を煎じて、その湯を飲ませなさい」

そう言って、主人はユーナに袋を手渡した。

それを受け取ったユーナは、飛び上がりそうなくらい喜んだ。気づいていなかっただけで、本当に飛び跳ねていたかもしれない。

これでイルザを助けられる。

その気持ちでいっぱいで、他のことは何も考えられなかった。


家に戻ると早速、井戸から水を汲んで台所で火をおこし、お湯を作る。

薬の分量はよく判らなかったので、勿体ないと思いつつ、全部、鍋に入れてしまう。その代わり水を多く湧かした。

どのくらい煎じれば良いのかも判らないので、お湯が茶色に濁ってもしばらく煮つづけた。

そうして出来た物をスープ皿に移し、イルザのベッドに向かう。

「イルザ! 薬、できたよ!」

イルザは目を開けて、ユーナを見た。

「薬なんて、どうやって……?」

「ちゃんと薬屋から買ったんだよ」

少し自慢げに鼻を鳴らすと、イルザは「そう……」と呟いて優しく微笑んだ。

「じゃあ、飲んで?」

まだ熱い液体の薬をスプーンをすくい、ふうふうしてからイルザの口元に運ぶ。

その一口をイルザは飲み込む。

「苦い……」

イルザはそう言ったが、にこりと笑顔を見せた。ユーナが自分のために稼いだお金で薬を買ってくれたことが、誇らしく、嬉しかったのだ。

この子は、もう一人で生きていける。

そんな思いがイルザの中に芽生え、安心と同時に少しの寂しさが心の中に生じるのを感じた。

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