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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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それぞれの道

 中層地区の身なりのカールが、ちょくちょく様子見に訪れた。氷は買ってくれなかったが。

「よう! 調子はどうだ?」

 露店の裏側に回ったカールがユーナに声をかける。

「こんにちは、カールさん」

 ユーナは桶の水を凍らせながら答える。

「こんにちは」

 今日のお手伝いはルーで、彼女はユーナを見守るように傍に立っていた。

「相変わらず、見事なもんだな」

 顎に手を当て、カールは感心して呟いた。

「来る度に同じことを言ってますね」

「ん? そうだったか?」

「ていうか、暇なんですか?」

「暇じゃないぞ。これでも重要任務の遂行中だ」

 まじめくさった顔をするカール。しかし、他人の目からただの暇人にしか見えない。

「その重要任務って、なんですか?」

「人捜しだ」

「人捜し?」

 ユーナは鸚鵡返しに訊いた。てっきり、カールは答えに窮すると思っていた。そして、その通りになったら、呆れた顔で見てやろうと構えていたのだ。

「おっと、これ以上は秘密な」

 適当なことを言って誤魔化している訳ではなさそう。

「カールさんて、何者なの?」

 ユーナは思い切って訊いてみた。

「さあ、どうなんだろうな。自分でも判らなくなってきた」

 カールは少し寂しそうな顔をする。

 その返答は、はぐらかしたものだったが、どこか、本人の心情を表しているようにも受け取れた。

 この場がしんみりするような気がしたので、逆に茶化すようなことを言ってみる。

「自分でも判らないなんて、すごく怪しい人ってことだよ?」

 ユーナが言うと、ルーが「ちょっと」と止めに入る。

 カールは頭を掻きながら、

「そう言われても仕方ないなあ」

 と答えた。

「ところで、ユーナ」

「なんですか?」

 次の桶に向かい合ったユーナはカールを見ないまま応じた。

「君は水を凍らせる以外のことは出来ないのか?」

「えー? やったことないですよ」

「そうなのか? 君になら、出来るんじゃないのか?」

 その声は、低く冷たいものに変わっていた。獲物を追い詰める獣のような雰囲気さえも感じられる。

 しかし、ユーナは気づかなかった。

 その傍らで、ルーは、びくっと肩を震わせて縮こまった。

「さあ? どうでしょうね」

 けっして、はぐらかした訳ではなく、ユーナは答えた。

「じゃあ、訊くが、君は人間を凍らせて、即座に融かして蘇生させたことがあるんだろう?」

 ん? と頭に引っかかる物ができた。

「その話、カールさんに話しましたっけ?」

「あ、ああ、噂で聞いたんだ。そういう事件があったってな。てっきりユーナのことだと思ったんだが」

 隠し通せないと判断したユーナは、

「確かにあたしですけど、溶けた理由は判らないです」

 と素直に答えた。

「ルーは何か知らないのか?」

 カールの矛先が向いたルーは、自分を見つめる視線にびくびくしなが首を振った。

「そうか」

 と、残念そうに呟いたカールだったが、納得したようには見えなかった。


 ウドが手伝いに来た日、市場が終わってから、ユルゲンが帰ろうとしたウドを呼び止めた。

「ウド、お前、俺の商売を手伝う気はないか?」

「え? 今でも手伝ってるけど」

 きょとんとしてウドは答えた。

「そうじゃない。ユーナの仕事に関係なく、おれを手伝わないか、と訊いているんだ」

「えーと?」

「つまり、ウドを弟子に取るってことですか」とユーナ。

「職人じゃないから弟子って訳じゃないが。ウド、お前は見所がある。正式に俺の手伝いをして欲しい。そうすれば、お前が大人になったとき、商売で身を立てることも出来るだろう」

「ほ、ほんとに?」

 驚いたウドは声を張り上げた。

 最近のウド達は、ユーナの氷造りだけでなく、ユルゲンの仕事全般に関わるようになっていた。

「嘘なんか言わんさ。お前の真面目な働きぶりが気に入ったんだ。住み込みで働いてくれないか」

「お願いします!」

 即座にそう言ったウドだったが、何か思い当たったようで、肩をすくめて意気消沈した。

「どうした?」

 代わりに答えたのはユーナだった。

「気になっているのは、仲間のことでしょ?」

「そうだ」とウド。

 ウドにとって、ユルゲンの提案はまたとないチャンスだった。その一方、リーダーであるウドが居なくなれば、残された仲間たちはどうすれば良いのか。

「アル達のことか」とユルゲン。

「うん」

「仲間はユーナも含めて5人なんだな?」

「あたしは違います。あたしは、ほんとは家族が居ます」

「そうか」と答えておいて、ユルゲンは「うーむ」と唸った。

「俺が全員の面倒を見るのは、正直、無理だ」

「そうですよね」とユーナ。

「だから、カールや仲間内に相談してみる」

「ほんと?」

 ウドの表情がぱっと明るくなる。

「あいつらもお前に負けず劣らずの働き者だからな。だが、あまり期待してくれるなよ。相談してみるだけだからな」

「ありがとう!」

「ウド、こういうときは、『ありがとうございます』って答えた方が良いよ」

「そうか、判った。『ありがとうございます、ユルゲン、さん』」

 ウドは言い直し、期待に満ちた目をユルゲンに向けた。


 運が良かったとしか言い様がない。

 ウドだけでなく、他の4人も引取先が見つかった。

 アルは頭の良さと子供とは思えない知識を買われて小さな商店に引き取られた。そこで文字と計算を覚えることになるという。

 カッツは足の速さから伝令の仕事に就いた。街のあちこちに手紙や書類を運ぶ。入り組んだ街並みにもすぐに慣れたようだった。

 テオは大人と変わらない背丈と力持ちが買われて荷物運び。かなり重労働だが、テオは文句一つ言わなかった。

 そしてルーは、針子の仕事をもらうことが出来た。裁縫が得意というわけでは無さそうだったが、ルーのことだからすぐに覚えてしまうだろうと、ユーナは思った。


 浮浪児に過ぎなかった5人が、それぞれに道を歩き出す。

「ありがとう、ユーナ。お前のお陰だ」

 ウドは頭を下げた。残る4人もそれに続く。

 ユーナはこの場に相応しい言葉を思いつくことが出来なかった。ただ、一言。

「良かったね」

 と言って微笑んだ。



 そして、ユーナの運命もまた、回りだす。



 ユーナとルーとファイラッド (いったん)了

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