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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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イルザの不安

 ユーナが語った事件では、魔術事象として、『凍結』と『解凍』が発生している。だから、ユーナの持力特性〈氷結〉か〈解氷〉のどちらかである、という判断はできる。だが、それができるのは、魔術に精通している者だけだ。魔術事象を目にしただけで発現形式を特定するのは困難なのだ。

 当てずっぽうで言っただけともも考えられるが、現実にユーナにごく近い位置に存在しているらしい。

 イルザはそのことに驚くと共に恐れを感じていた。


 その人物はどこからやって来たのか。

 そして、なぜ、ユーナに近づいたのか。


 自分とユーナに放たれた追っ手ではないかと、イルザは思った。

 ユーナはあずかり知らぬことだが、追われる理由が二人にはあったからだ。

 しかし、浮浪児に化けた子供が追っ手とは考えにくい。


 ともかく、大人ではないと確認できて、イルザは固い表情を解いた。しかし、警戒を解いたわけではない。ルーの背後に大人がいて、ルーを操っている可能性は否定できない。

「いいこと、ユーナ。そのルーという子には気をつけなさい」

「どういう意味?」

「心を開いてはいけないということ。その子の言うことやることには注意しなさい。おかしいと思ったらすぐにわたしに知らせて」

「どうして?」

「今は理由を教えられない」

 イルザの答えはユーナの不満を誘った。

「ルーは良い子だよ。信じられる。どうしてそんなこと言うの?」

「あなたとわたしの将来に関わることなのよ」

「将来って何?」

 イルザは、ため息を吐いた。ユーナを納得させるには、一部分だけでも真実を語る必要があった。

「あなたはこんな場所で一生を終える人間ではない。いずれ、ここを出て行くことになるでしょう。その時、あなたが自由に動けるようにするには、用心が必要なの。慎重に、慎重に、ね。それが今なのよ」

「言ってる意味が判らないよ」

「そうかも知れない。でも、これだけは覚えておいて。わたしはあなたを守る責任があるし、必ずそれを果たす。そのために必要なことはなんでもする」

「なんでそんなこというの?」

 ユーナはその言葉に距離を感じた。家族と同様と思っていた人から、『責任を果たすために一緒にいる』という意味合いの台詞を聞かされたのだから、それも仕方ないことだった。

 ユーナは俯いて黙り込む。

 イルザはユーナの頭の上に手を置き、優しく撫でた。

「でも、それだけであなたと一緒にいる訳ではないから安心して」

 違う見方をすれば、イルザの発言は『責任を持ってユーナを育てる』という意味にも繋がり、それは実の両親の思いと遜色はない。血のつながりがない二人の関係を考えると、両親以上にイルザはユーナのことを大事にしているとも言えた。

「それなら、ルーという子が信じられるというあなたを信じましょう。でも、あなたは慎重に行動しなければならないことは忘れないで」

「う、うん」

 ユーナは半分理解できないまま頷いた。


「それで良い」

 安心して気が抜けたのか、イルザは「ふう」と苦しそうに息を吐いてテーブルに突っ伏した。

 言い争いの所為でユーナは気づかなかったが、イルザはかなり体調が良くなかったのだ。

「イルザ、大丈夫?」

「ええ、少し疲れただけ。今日はもう休みましょう」

「うん」

 ユーナはイルザを心配に思いながら言われるとおりにした。


 生きる目標を持つと、人間は生き生きとして見えてくる。それまで漫然と、ただ流されるように生きていた人が、まるで別人の様にさえ見えてくる。

 ウド達は今まで、日々の食べ物探しに追われて将来のことなど考える余地も無かった。それがわずかながらでも貨幣が手に入るようになると、心に余裕が出てきて、考え方にも幅が出てくる。もちろん、生活にも変化が現れる。

 ウド達は、まず全員の取り分を共同で貯めておき、一人ずつ中古の服を買いそろえていった。全員が夏の盛りの頃には貧困地区では十分なくらいの身なりになった。

 見た目が浮浪児には見えなくなったので、中層地区にも視線を気にしなければ行けるようになった。

 そこで、ウド達はルーと交代でユーナの氷売りの手伝いをするようになった。

 ユルゲンは、最初こそわずかに顔をしかめたが、ウド達の働きぶりを見て満足したようだった。


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