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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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初めての氷売り

 中央広場についた時、まだ午前中だったにも関わらず、すでに気温は上がっていた。暑いという程ではないものの、額にじんわりと汗が滲む。

 これなら氷も売れそうだ。ユーナは子供ながらにほくそ笑んだ。

 ユルゲンが広場のどの辺りに露店を出しているのか、おおまかな場所は知らされていた。しかし、子供にとっては広大と言える広場の中、何十という店の中から一つを見つけるのは至難の業だ。

 しばらくの間、人でごった返す店と店のあいだの小道を迷い続け、ようやくユルゲンを見つける。

「遅かったな」

 ユルゲンは怒り気味だった。遅刻したのだから仕方がない。

「すみません、迷子になってました」

「まあ、今日は初日だからな。次からは迷わないな?」

 素直に謝ると、すぐに許してくれた。

「早速だが、氷を作ってくれないか。水は用意してある」


 手招きされたので露店の奥に行ってみると、なみなみと水が入った小さめの桶が、唖然とするほど沢山積み上がっていた。

「こんなに売れるんですか?」

「それはお前さん次第だ。まずはその内の一つをまるまる凍らせてくれ」

 ユーナは言われるままに手前の桶の水を凍らせる。

「ちょっとどいてくれ」

 ユルゲンは氷の入った桶を軒先の商品棚の上にひっくり返して置き、桶を引き上げた。気泡が全く無い氷が姿を現す。それは陽の光を浴びて、きらきらと輝いた。

 これが道行く人の目に止まらないはずがない。

「お、珍しいな。ユルゲン、この氷どうしたんだよ」

 ユルゲンの馴染みらしい男が早速食いついた。

「売り物だよ」

「売り物?」

 男は驚いたようだった。

 ユーナとルーは、その男を軒先でじっと見ていた。彼が最初の客になるのかならないのか。価格設定は妥当なのかどうか。

「確かにこの街じゃ氷なんて滅多にお目にかからないが。いくらだ?」

「30グロッシェン」

「……安いな。だが、氷を手で持ち歩くのは溶けるし冷たいしで、客にとっては大変だぞ?」

「だから桶も付ける。桶も買えば1シリング。その桶を持ってくれば、次からは20グロッシェンで売る」

「なるほど。それはいい。だったら、桶付きでひとつ買おうか」

「まいど」

 ユルゲンがユーナに視線を向ける。それだけでユーナは意図を理解して、奥にある桶の一つを凍らせた。

 それをユルゲンが男に渡し、代わりに1シリングをもらい受ける。

「全然溶けてないな」と男は桶の中身を覗き込む。

「おおよ、溶けかけの氷なんざ売るつもりはないぜ」

「まあ、どういう理屈なのかは訊かないでおいてやるよ。あんまりあこぎな商売はするなよ?」

 男はユーナとルーに視線を移す。

「馬鹿言え。やましいことなんざ何もねえよ」

「だと良いがな。じゃあな」

「まいど〜」

 ユーナはユルゲンの真似をして言ってみた。ついでに営業スマイルを作ってみた。

 男はふっと笑顔をユーナに向け、急に真顔になると、

「お嬢ちゃんたち、気をつけろよ? このユルゲンって奴はあくどいからな。身を引き締めてかからないと、どんな目に遭わされるかわからないぞ」

 と冗談半分に脅しをかけてくる。

「そ、そうなんですか?」

 ユーナはそれを真に受けた。

「変なこと吹き込むんじゃねえ!」

「はっはっは。また来る」

 男は桶を抱えながら雑踏の中に消えていった。


 それから午後になるまで、ユーナとルーはユルゲンの露店の中いた。

 氷はそこそこの売れ具合だった。まだ夏と言うには暑さが足りない季節であることを考えれば、上々の売れ行きだとユルゲンは言った。

 ユルゲンが店を閉める時、ユーナ達に「今日の取り分だ」と50グロッシェン硬貨1枚と10グロッシェン硬貨を1枚くれた。合わせて60グロッシェン。全部で20個売れたことになるのだが、その計算をユーナはできなかった。代わりにルーがやってくれた。ルーは、どこで覚えたのか、計算と読み書きができた。

 ユーナとルーはウド達のたまり場に戻り、本日の利益を報告した。

「60グロッシェンを、6人で分けるから、一人10グロッシェンの取り分、だよ」とルー。

「多いのか少ないのかわかんねえな」とウド。

「ブロート1個がだいたい20グロッシェンくらいかな」とアル。

「つまり、どうなんだ?」

 ウドがルーに訊く。

「もう一回、仕事に行ったら、ブロート1個、買える」

「おお! そうか!」

 ウドは大げさに腕前を振り上げ、喜びを身体で示した。と思いきや、腕をだらんとさせて意気消沈する。

「どうしたの?」

 いつもの元気を無くしたウドが心配になって、ユーナは訊いてみた。

「ああ」と応じながらも、ウドは俯いたまま。

「ウドは申し訳ないと思っているのさ」

 アルがウドの思いを代弁する。

「ウドとしては、ユーナに全部押しつけているのが申し訳ないのさ。それは僕も同じでね。何もしてないのにこうやって取り分をもらうのは、……ありがたいけど、とても心苦しい」

「そんなの気にしなくても……」

「そういう訳にはいかん!」

 今度は怒ったように拳を握るウド。カッツにテオも頷く。


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