契約とイルザの体調
「この子らは実は浮浪児なんだ」とカールがユルゲンに対して説明を始める。
ユーナは、自分も同じ扱いをされているのは、この際置いておくことにした。
カールは言葉を続ける。
「この子らの仲間もおれは知っているが、真面目な子供らだ。それは俺が請け負ってもいい。こいつらが今の状況から這い上がる手伝いをしてやってくれないか?」
「ううむ」
ユルゲンは悩んでいた。ただ、考えているのはユーナ達を使うべきか否かではなく、ユーナ達を使ってもバレない方策がないか、だった。
「ユルゲンさん、お願いします!」
しばらく腕組みしたまま悩んでいたユルゲンは、「よし、判った! 一肌脱いでやる!」と、その気になったようだった。
しかしそれは、義侠心というより、利益とリスクを天秤にかけた結果だった。その辺はさすがに商人だと言えた。
氷の販売価格を一塊につき30グロッシェン、その内、ユーナ達の取り分を3グロッシェンとした。
「それだと安くないか?」とカールは貨幣の価値がよく判っていないユーナ達に変わって代弁した。
「いずれ溶けてただの水になる物に、客が高い金を出すとは考えにくい。だが、需要は必ずあるはずだからな。薄利多売でいくのさ」
「そういうものか」
カールは納得したようだった。
ユーナは契約が成ったことと、いくらでも良いから貨幣が手に入ることを喜んだ。
そして、次の市から販売を開始することになった。
その夜、ユーナは上機嫌だった。
儲けられる算段がついたことも嬉しかったが、何よりウドたちの役に立てたことが嬉しい。
商売にも興味がある。前回市場に遊びに行ったときは売る側でも買う側でもなかった。今回は売る側の人間として参加する。これは面白そうだった。
つまるところ、初めての経験を目前にしてユーナは浮かれていたのだ。
それをイルザが察知しないはずがなかった。
「今日、何かあったの?」
何気ない雰囲気を作ってイルザが訊いた。
ユーナは話したいのを我慢して、
「なんでもないよ?」
と答えた。
「ふーん、そう……」と口では言ったイルザだが、まったく納得してはいなかった。
イルザがユーナをじっと見つめる。
イルザがこうすると、やましいところがあれば、ユーナは目を逸らす癖があった。
今回はそれがない。いつまでも、じっと見返していた。
ユーナにやましいと思う部分は微塵もなかった。これは人助けで、友人たちを窮地から救うための崇高な義務である。そんな難しい言葉で考えていたとは思えないが、ユーナにはそれくらいの意気込みがあった。
「何も悪いことはしてないのね?」
「うん、してない」
「判ったわ。あなたを信じる」
「ありがとう、イルザ!」
「とにかく、危ないことはしないでね」
「うん!」
イルザは優しい瞳をユーナに向けた。
その直後、イルザは激しく咳き込んだ。咳はしばらく続き、かなり苦しそうに見えた。
ユーナはおろおろするだけで、何も手に着かなかない。
「だっ、大丈夫なの? イルザ! イルザってば!」
咳が止まらずろくに話すことすら出来ないイルザにユーナは問いかけ続ける。
「だ、だいじょ、ぶ、だか、ら」
イルザはようやくそれだけを呟いた。
彼女の病気はさらに悪くなっているようだった。
ユーナは、大人のイルザがそう言う以上、信じるしかできなかった。
二日後、体調が悪いのを押して仕事に向かうイルザを見送った後、ルーだけを家に招き入れる。
ウド以下、男の子達は外に待たせておいた。
ルーに青いワンピースを着せて、腰より高い位置で紐を結び、さらにエプロンをつける。
そして自分の身だしなみを整えて、バッグに緋針を入れてから、ユーナはドアを開けた。
そこには男の子達が壁に沿って一列に整列して待っていた。
「お待たせ。それじゃ言ってくるね」
「頼んだぜ!」とウド。
「うん、判ってる」
この2日の間に、一つ決めたことがあった。
体調が優れないイルザの代わりに、自分が稼ぐ。そうすればイルザが休む時間を作れるし、薬だって買える。
いつもお世話になっているのだから、今回は自分が役に立つ番だった。




