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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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ユルゲンとの出会い

 中央広場の真ん中には、大きなオブジェが建っている。

 馬にまたがる軍人らしい男達の群像と、薄着の女性の像。古いものらしく、青銅で出来た像はどれも黒ずみ、白い液体を上からかけたような汚れがあった。ファイラッド侯爵家の創立に関係するモチーフなのだが、この時のユーナにはどうでも良いことだった。


 群像の下でルーと二人、手をつないで待っていると、しばらくしてカールが姿を現した。もう一人、若い男を連れている。

 だが、ユーナの目を惹いたのはその男ではなく、カールの方だった。

「カールさん、その格好は……?」

 その服装がいつもと違っていたのだ。貧困地区にいる時と違って、ズボンにシャツ、上にチョッキを着ている。ユーナとルーのように見劣りする服ではなく中層階級そのもままの身なりだった。

「ああ、これか。……こっちにもいろいろと事情があってだな、みんなには内緒な」

「まあ、いいですけど」 

 本当に信用していいのか、少し不安になる。

「それはそうと、こいつが商人のユルゲンだ」

 カールが紹介したのは、カールより年上の青年だった。身なりは今のカールと同じくらいなので、一般的な中層階級に属する人物のようだ。

「ユーナと言います。こっちはルーです」という自己紹介もそこそこに。

「さっそくだが売りたい物はなんだ?」

「氷です」

「氷? ……なるほど」

 ユルゲンは腕組みをして考え込む。

「あの、どうしたんですか?」

「夏の季節に氷を売れるのは確かに魅力がある。だが、問題もある」

「なんでしょう?」

「氷は、溶ける!」

 ユルゲンは強い口調で断言した。

「は? それが当たり前では?」

「その当たり前が一番困ったところなんだ。いいか、商品は普通、棚に陳列しておいて客が来るのを待つ」

「そうですね」

 以前、市場に出かけた時、野菜やら肉やらが並べられていたのを思い出した。

「だから、客を待ってる間に溶けて売り物にならなくなる可能性がある。つまり、リスクが高い」

 ファイラッドのような暑い地域では、氷を保存するような技術は存在しない。氷は陳列棚に置かれ、そのまま溶け続けることになる。ちょうど良く客が現れれば良いが、そうでないと丸損になってしまう。

 という理屈は、ユーナにも理解できた。


「だったら、お客が来たらその場で氷を作るというのはどうですか?」

 後先を考えずにユーナはそう提案していた。

「氷がそんな簡単に出来るはずがないだろう?」

 それが当然の反応だ。

「いえ、大丈夫ですよ」

 と安請け合いすると、ルーが手をぎゅっと握ってきた。心配そうにユーナを見つめている。

 ユーナは特に気にした様子もなくルーを笑顔で見返した。

 客が来る都度氷を作るということは、露店にユーナが居合わせなければならず、必然的に製法をユルゲンに明かすことになる。それに市場のような人の多い場所で持力を使えば、目立つのは間違いない。

 そうなった時、どんな影響が出てくるか判らない。例えば氷製造機としてのユーナに価値を見出した大人に誘拐されるなんてこともありうる。

 ルーの心配はその辺にあった。


「ユーナ、大丈夫?」とルー。

「え? 何が?」

 対するユーナはそれに気づくことができなかった。持力保持者であることが、どのような意味を持つのか、理解できていなかった。

 このことが、後々のユーナの人生を左右することになる。

「じゃあ、今ここでも作れるのか?」

「水があれば」

「だったら実演してもらおうか」

 ユルゲンは水くみ場を指で指した。

「判りました」


 カールとユルゲンを伴って、ユーナとルーは広場の隅にある水くみ場に向かった。

 到着すると、ユーナは持参のバッグから緋針を取り出す。

「それは……緋針か?」

 カールもユルゲンも息を呑む。その細い棒の意味を二人は理解していた。

「じゃ、やります」

 ユーナは無造作に水が貯まった桶に緋針を突っ込んだ。瞬く間に水が凍りつく。

「……」

 カールとユルゲンは、喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。そして、視線を交わして、

「おい、どうするよ」

 困惑の声はユルゲンのものだった。

「いや、こういうことだとは知らなかったんだ」

 カールは言い訳にならない言い訳を口にした。

「衛所に届け出るべきなんじゃないのか?」とユルゲン。

「ディラルド領では、その義務は無いはずだろう?」

「そりゃそうだが……」

 ユルゲンは値踏みするようにユーナを見た。実際、ユルゲンは届け出た場合とそうでない場合の、自分の利益を計算していた。

 氷を売れば確かに儲かる。

 しかし、持力保持者を使っていたことが公になると、悪い噂が立たないとも限らない。


 持力保持者が発見されると--そのほとんどは子供なのだが--領主の使いがやってきて連れて行ってしまう。学館に入館させて術士(ツァウベラー)として育て、騎士と同じように臣下に置くためだ。一般的にはこれは名誉なことと考えられており、持力の保持が発覚した子供の親は喜んで差し出すことが多い。もちろん、それを良しとしない子供思いの親もいるが、平民でいるのとは比較にならない衣食住環境が提供され、学問もできる上、最終的には栄誉ある職に就けるのだから、まったく以て悪い話ではない。

 ゆえに平民にとってみれば、持力の保持は成り上がるための手段として肯定的に受け止められている。

 だから、そういう可能性のある子供を領主に報告することもなく商売に利用していたことがバレると、人聞きが良くない。

 ユルゲンの心配はそこにあった。


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