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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ユーナとルーとファイラッド
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商売のやり方

 この街ファイラッドは、春が短い。温かくなったなあ……と冬の厳しさを感慨深く振り返っていると、あっという間に暑くなる。春と夏の移行期間がほとんどない。昨日まで春だったのが、今日はもう夏になっている。

 そんな訳で。

 ユーナと緋針の出番が来た。


 だが、氷を売るまでにはいくつも障害があった。

 まず、水をどうするか。濁った水で氷を作っても売れるとは思えないから、清水とは言わないまでも、せめて井戸水は確保したい。

 それから商売をする場所の確保。市場で販売出来れば一番良い訳だが、何やらいろいろと規則があるらしく、子供が店を出すのは敷居が高い。

 そして、まったく想像が付かないのが、価格設定。そもそも、氷屋が存在しないので、市場の適正価格が判らない。そんな状況だから、氷屋組合(ギルド)も存在しているとは思えない。

 つまり判らないことだらけだった。知恵袋のアルも、これといった情報は持っていなかった。

 仕方がないので大人に相談しようということになった。

「イルザさんはどうなんだよ? 相談に乗ってくれないのか?」とウド。

「多分、やめろって言われると思う」

「そうか……。他の大人はろくなのがいないな。人の物を横取りしようとする奴ばっかりだ」

 そんなのに相談したら最後、働かされるだけでなんの実入りも無いなんてことになりかねない。

「カールさん、は?」

 と、ルーが言った。

「え?」とユーナとウドは呆気に取られる。

「なるほど」と頷いたのはアルだった。「確かに、カールさんなら信用できる。だけど、商売上手には見えないな」

「だよな!」とウドが賛成する。

「他に信用できる人、いる?」とルー。

「カールさんから、商売に詳しい人を紹介して貰うっていうのはどう? カールさん、顔広そうだし」

 ユーナが提案すると、

「それで行こう!」

 即座にウドが採用した。


 カールは前にも紹介したように、二十歳前後の青年で、喧嘩が強い上に正義漢である。約束は必ず守るし、不正なことはしない。

 彼は神出鬼没で、いろいろな場所に顔を出す。だから貧民地区では有名な人物。その割に彼の住処がどこにあるのかを誰も知らない謎な人物。

 ユーナとウド達は分かれてカールを探した。

 そして捜索の二日目に、ユーナとルーがゴミ山で遭遇に成功した。


「カールさん、こんにちは。実は相談があるんですけど」

「ん? 何だ?」

 相談と聞いてカールは笑顔になった。人に頼られるのが嬉しいらしい。

「あたし達、商売をしたいんです」

「ほう、小さいのに立派だな」

「だから、商売のやり方を知ってる人を紹介してください。カールさんなら、そういう知り合いいるでしょ?」

「ふむ、まあ、居ないことはないが……。二人で売るのか?」

 ユーナとルーは同時に首を振る。

「あと4人います」

「子供だけでか?」

 二人は今度は首を縦に振る。

 するとカールは「うーん」と唸った。


「何か問題あるの?」

「そうだな。まず、物を売るのは店か市場でしかできない。それ以外で売っているのはモグリで、見つかると捕まるんだ」

「じゃあ、市場で売れば良いの?」

「そうなんだが、規則があってな。免許が必要なんだ。そして免許は子供には発行されないと思う」

「やっぱり……」

「なんだ、知ってたのか」

「詳しくは知らなかったけど……」

「だから、お前たちが直接客に売るのは無理なんだが、商人に売ることはできる」

「どういうことですか?」

「店や市場で商売する人に売るってことだよ。で、そいつらは自分たちの商品として買った品物を売る」

「そういうのはモグリって言わないんですか?」

「それは大丈夫だ。規則があるのは、客への販売だからな」

「よく判らないけど、とにかく、そういうやり方があるんですね?」

「まあ、そう言うことだ」

 カールは苦笑いした。

「じゃあ、市場とかで商売している人で、信用できる人って、知り合いにいますか? 紹介して欲しいです」

 カールは顎を触りながらしばらく考える。

「……ああ、大丈夫そうな奴が一人いる」

 思い当たる人物がいるようだった。

「教えてください!」

「次の朝市が明後日だから、市場が終わった後に引き合わせるのはどうだ?」

「判りました」


「だが、その前に一つ確認しておく必要がある」

「なんですか?」

「売り物はなんだ?」

「言わないとダメですか?」

「ダメだな。引き合わせる以上、俺にも責任がある。売り物にならない物を持ってこられると、俺も困るんだ」

「そういうことなら判りました。……売るのは、氷です。井戸水とかで作った綺麗な氷」

「……氷か。これからの季節なら確かに売れそうだな。しかし、そんなものをどうやって?」

「そこは秘密です」

「それもそうだな」とカールは理解を示し、承諾してくれた。

「当日は、なるべく綺麗な格好で来るようにな」

「どうしてですか? 朝市の後ですよね?」

 朝市に着飾って出向く人は普通いない。

「ああ、そうなんだが、場所が中央広場なんだ」

「えっ?」

 つまり、紹介してもらえるのは中層地区で商売をしている人物ということになる。それは確かに、相応の身嗜みが必要だろう。

 なぜそんな人とカールが知り合いなのか疑問はあるものの、それは黙っておくことにした。

 明後日の午前中に会う約束をして、ユーナとルーはカールと別れた。


「じゃあ、商人に売るのは出来るんだな?」

 ユーナとルーの説明を聞いた後で、ウドが確認の質問をした。

「カールさんが言うにはそうらしい」とユーナは答えた。

「確かに売ることは出来るだろうけど、それだと稼ぎが減ることになるね」

「どういうことだよ、アル?」

 つまり、こういうことさ、とアルは少し自慢気に説明を始める。

「僕たちから氷を買った人は、僕たちに金を払うだろ? そうすると払った分、損をしていることになるから、それを取り戻さなければならない訳だ」

「だから、そいつが買った氷を売るんだろ?」

「そう。そして売るときには僕たちに払った金以上の値段で売るのさ。そうでないと何も得をしないからね」

「そうか、俺たちが客に売れば、そいつが得をする分も儲けられるってことか」

「そういうこと」

「でも、あたし達だと客には売れないんだから、仕方ないんじゃないかな」

「そうだな」

 ウドは納得したようだった。


 翌々日、イルザが家を出たのを見計らって、ウドたちがユーナの家を訪れた。

 協議の結果、カールとの待ち合わせに出向くことになったのは、ユーナとルーだった。中央広場に着ていける服は女の子用しかなかったからだ。

「いいや、俺が行く!」

 それでもウドは言い張った。前回のようなことが起こらないか、ユーナとルーを心配してのことだった。

「じゃあ、これ、着てみる?」

 ユーナは、ルーが着るはずだった青色の服をウドに見せた。ウドは「うっ」と唸って躊躇いを見せた。しかし、首をぶんぶんと振ると、

「よしっ、判った」

 と言って気合いを入れた。

 ……。

「意外と似合うね」

 笑いそうになるのを抑えながらユーナは評した。ルーもアルもカッツも、いつもぼーっとしているテオさえも口を押さえて笑いを堪えている。

 ウドは顔を真っ赤にして憮然としていた。ウドは子供にしては厳めしい顔つきをしている。髪はぼさぼさ、太い眉の下の目つきは鋭く、への字口。似合わないことこの上ない。とても女の子には見えない。

「行くぞ、ユーナ! 準備はできたか?」

 それでもウドは行く気だった。

「ほんとに行くの?」

「止めておいた方が良いよ、ウド」

 すぐさまアルが引き留めた。

「なんでだよ!」

「女児用の服を着た男児なんて、怪しいとしか思われないだろ。商売は信用が大事だって言うし。ここはユーナとルーに任せておいた方が良い」

「そ、そうか? そこまで言うなら仕方ないな」

 実はかなり恥ずかしいウドであった。


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