蘇生
声が出なかった。
どうして突然、凍ったのか。
誰が何をしてそうなったのか。
何もかもが、理解の範囲外だった。ユーナは呆然として、氷像と化した男を見ていた。
「ユーナ、ルー! 逃げるぞ!」
ウドの声に我に返る。
「え? あ……うん」
まだ立ち直っていなかったけれども、それでも緋針を男の手から抜き取ることは忘れない。
そして、ルーの方へと手を伸ばした。
「に、逃げよう……」
「……待って」
とルーがユーナの手を握り返す。
「でも」
「大丈夫」
ルーの表情はなぜか穏やかで、そして大人びて見えた。
「大丈夫だから」
ルーがもう一度言った途端、
「あああああ……」
さっきの叫びの続きとしか思えない男の声が響いた。
そして、げほげほと激しく咽せながら、男が、
「な? なんなんだ?」
周囲を何度も確認するように視線を動かしながら言った。
「生き返った……?」
一瞬で凍った男が、一瞬で蘇生したことになる。
「大丈夫、だったでしょ?」
「う、うん」
ルーのことが少し不気味に思えたのは否定できない。
その感情が顔に出ていたのか、ルーは表情を暗くして俯いた。
ユーナは罪悪感を覚えてルーの手をぎゅっと握る。
「なんなんだよ、お前ら⁉」
男は恐慌に陥っていた。自分が凍っていくのをまざまざと見せつけられて、死んだと思ったら生き返っていたのだから、当然のことだ。
結局、男は緋針に構わず逃げていった。
この日は、衛所に向かうのを諦めた。頭の中が混乱していたし、ウドの治療も必要だった。
ウドの腫れ上がった頬に、ユーナが手のひらで触れると、
「冷たくて気持ちいい」
とウドは言った。
薬なんてウド達もユーナも持っているわけがない。ウドの怪我は自然治癒を待つしかないように思えた。
貧民地区に戻ると、ルーが道端から草を千切った。
「これを潰して塗ると良いよ」
「そっか。ありがとな」
ルーが渡した雑草には本当に効能があったようで、翌日にはウドの顔もだいぶ元に戻っていた。
「でも、昨日のあれはなんだったんだろう……」
ウド達のアジトに出向いたユーナは、誰に訊ねるわけでもなく呟いた。
「あれって?」
昨日の出来事を知らないアルとカッツ、それからテオに話して聞かせる。
興味を持って聞いてくれたのは頭の良いアルだけだった。
「魔術なんじゃないかな」とアル。
「魔術?」
オウム返しに聞き返す。
「この国には術士っていう連中が居て、魔術を使って国を守ってるっていう話だし。例えばたまたま通りがかった術士が助けてくれたとかは考えられないかな」
「でも、他に大人は居なかったよ」
「そうなのか……ルーは何か知らないか?」
アルがルーに話を振る。
目を向けると、ルーはこくりと頷いて口を開いた。
「あれは、魔術。でも、使ったのは術士じゃない」
「じゃ、誰なの?」
もしかしたら、ルーなのかも知れないと期待半分、不安半分で、ユーナは次の言葉を待つ。
「ユーナ、だよ」
「え、あたし?」
「そう。ユーナの魔力が発現したから、ああなった」
「あたしの魔力?」
「ユーナは持力保持者だよ。属性は〈水〉。ユーナは、術士になれるよ」
「……術士」
「凄いじゃないか、ユーナ」とアル。
「何が凄いの?」
「術士になれば、寝るのも食べるのも困らなくて済む」
「それは魅力的ね」
とユーナは言ったが、心中はそうでもなかった。
『術士になる』という言葉には、この時のユーナには、具体性も現実味も何もなかった。




