中央広場へ
ここまで一人称で書いてきましたが、三人称に変更します。
前の部分はおいおい三人称に置き換えます。
よろしくお願いします。
翌日、イルザと入れ替わるようにウドとルーが家に来た。
「何すんだよ」と言うウドの背中を押して有無を言わさず外に追い出す。
「これから着がえるのよ!」
ユーナが言い返すと、ウドは、
「気にするほどのことか?」
と笑いながら出て行った。
ルーと二人になったところで、彼女が着ている服を脱がす。
あらかじめ桶に汲んでおいた水を使って、ルーの全身を拭いて綺麗にする。
「水、冷たいけど我慢してね」
「うん」
ルーを清めると、浮浪児とは思えないほど白い肌が現れた。元々、整った顔立ちをしているので、徹底的に洗って質の良い生地の服を着せれば、良い所のお嬢様に見えるんじゃないか、などと思ったけど何となく悔しさが先に立ってしまい、ユーナはあえて口には出さなかった。
それから青いワンピースを着せる。それはユーナがもう少し大きくなったら着せるつもりでイルザが作っていた服で、この時のユーナにはだぶだぶだった。ルーの背丈もユーナと変わらなかったから、同じだぶだぶだった。
腰回りに使う紐を使って余分な布を織り込み、何とか形にする。それからエプロンをさせる。
貧民地区の中では、かなり上等な姿の女の子が完成した。
「うん、これなら広場に行っても大丈夫だよ」
「……ありがとう、ユーナ」
ルーが笑みを見せる。その笑顔はいつもより可愛らしさが増していた。
今度は自分の番。だけど他に服はないのでいつもの黒っぽい布地の服に、なるべく綺麗なエプロンをして完了。
「入っていいよ!」
ドアを開けると、ウドはユーナ達を見た。
「おお、なんか感じ違うな、ルー」
ウドの視線がルーに釘付けになる。
「もっと違う言い方があるでしょ!」
「なんだよ。悪いのか?」
「可愛くなったな、とか、綺麗だね、とか。そーゆー言葉は出てこないの?」
するとウドは、「うっ」と唸って沈黙した。その顔がみるみる内に赤くなる。
「そんなの、恥ずかしくて言えるか!」
「あー、そうですか」
狼狽しているウドを置いておいて、ユーナはルーの手を取る。
「行こう、ルー!」
「うん」
ユーナは右手でルーと手をつなぎ、左手に大人用のバッグを持って家を後にする。
「俺を置いていくなよ!」
ウドがその後に続いた。
ウドとルーと連れだって、貧民地区の外れに向かう。
一言で貧民地区と言うけれど、街のここからここまでがそうだときっかり決まっている訳ではない。
貧民地区から中流地区に向かって歩いて行くと、次第に建物が立派になってくので、それを目安に何となく判断しているだけだ。
適当な地点まで来たとき、ウドが足を止めた。
「ここから先は二人で言ってくれ」
「うん、判った」
ルーは、こくんと頷くだけ。
「結構歩くけど、この道をまっすぐ行って、突き当たって左に曲がれば広場に出る。衛所は……悪いが自分たちで探してくれ」
「衛所の印とかってないの? 看板とか」
「門番が二人立ってるらしい。あとの詳しいことは判らないんだ、スマン」
ユーナはウドから緋針を受け取り、バッグに入れた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、頼んだ」
ウドが手を振る。ユーナもそれに振り返してからルーと中流地区に浸入した。
しばらくは裏道だったこともあって人とすれ違うことはほとんど無かった。
ユーナとルーは最初の内こそ緊張していたけれど、だんだん慣れて来た。
ウドに教えられた通り、道を突き当たって左に曲がると、すぐそこに空間が広がっていた。
広場は、五階建てくらいの建物がひしめくように周囲を取り囲み、中央には黒っぽい建物があった。
そして、その下を思い思いに歩き回る人、人、人。
貧民地区の市場よりも人が多い。
そこかしこから会話する声が聞こえてくる。時々、子供の叫声がする。騒がしいのは貧民地区と同じなのに、なぜが違和感というか、疎外感のようなものを感じ、ユーナは一歩を踏み出すのに躊躇した。
突然、「おい」と後ろから声をかけられた。大人の男の声。
振り向くと、身なりからして貧民地区の住人と判る30歳くらいの男が、息を荒くして立っていた。
ユーナは拐かしかと思って身構える。
だが、そうではなかった。
「お前たち、赤と青に光る細い棒を持ってるだろう? あれを渡せ!」
「ユーナ! ルー!」
男の後ろから切羽詰まった声が聞こえたと思うと、ウドが姿を見せた。男にかなり殴られたらしくは顔を赤黒く腫らしている。
「渡しちまえ!」
ウドが叫ぶ。ユーナにはその意図が判らなかった。せっかくお金に換えられる所まで来たのに、それを手放すなんてあり得ない。
「いや!」
ユーナは叫び返した。
「いいから、言うこと聞いてくれ……」
ウドは立っていられず膝をつく。相当ダメージを負っているようだった。
彼としては、ルーとユーナのことを心配しての言葉だった。自分と同じように殴られるのを避けたかったのだ。
そんな優しさなど気づきもしないユーナは、男と徹底抗戦するつもりだった。と言っても、抵抗出来る手段と言えば、叫んで助けを呼ぶくらいしかない。
「だれか、助け……」
言いかけたユーナの口を男が塞ぎ、同時にバッグをひったくろうする。
ユーナはバッグを手から離さなかった。
「離せ、ガキ!」
男がバックを振り回す。それでもユーナは取りすがった。
男があまりにも勢いよくバックを振ったので、中の緋針が飛び出して地面に落ち、きゃらきゃらと軽い金属音を奏でた。
「あっ!」
バックから手を離し、緋針を掴もうとする。それは男も同じ。
ほぼ同時に緋針の両端をそれぞれに掴む形になった。
ユーナは懐に抱え込むようにして緋針を奪おうしたが、男の腕力がそれを許さない。
「いい加減に諦めろ!」
緋針を握るのとは別の腕で殴りかかろうとする。
ユーナは目をつむった。
途端。
「冷てぇ、なんだこれ、な、なん……ぎゃあああああ」
絶叫が響いた。そしてそれは、ぶつりと断ち切られたようにかき消えた。
おそるおそる目を開ける。
男は動きを止めていた。
目を大きく見開いて、恐怖を貼り付けた表情のまま。
胸に手を当てなくても、判る。心臓の鼓動は止まっている。
男は、完全に凍り付いていた。
「凍ってる……」
そう呟いたのはウドだった。




