中央広場に行く約束
それから、ユーナとイルザはベッドの下に緋針を隠したまま過ごした。
そして一週間くらい後のある日の午後、ドアにノックがあった。
出ると思った通り、ウドとルーだった。
「どこに行ってたの? 心配したんだよ!」
ウドはスマンと謝った。
「知らない奴に追いかけられてさ、逃げ回ってたんだ」
「どうりでいつもの場所にいないと思った」
「探してくれたのか、悪かったな」
ウドは笑顔になった。
「なんでそんなことになったの? やっぱり緋針のせいなの?」
「あの棒が何なのか、ユーナは知ってるのか?」
ユーナは頷く。
「ああ、あの金属の棒のせいさ。あんなもの、見つけなきゃよかった」
「でも、価値があるんだよね、あれ」
「あれ、かなり値打ち物らしい、横取りしようとする大人がいっぱいいるんだ」
「うん、ウチも泥棒に入られた」
「なんだって? ……だとしたら、スマン」
「荒らされただけで盗られた物は無いし、緋針も大丈夫だった」
「いや、ほんとに迷惑かけた」
「緋針、持ってくるね」
「待ってくれ」
家の中に引っ込もうとしたユーナをウドが留める。
「どうしたの?」
「もうちょっと預かっていて欲しいんだ」
「良いけど」
「ユーナも知ってるかも知れないけど、緋針を金に換えるには衛所に行かないとならない。だけど、俺みたいなのが衛所に行っても信用されないと思うんだ」
「そういうものなの?」
「ああ。だって衛所は中央広場にあるんだぜ? あの辺りは中流階層の地区だ。こんな格好で行ったらつまみ出されちまうよ」
どの街でも大抵そうだけど、ファイラッドの街は階層ごとに棲み分けがある。そして、自分より下の階層の人間に関わるのを避けたがる。それはか一種の差別意識と言える。下の階層の人間が上の階層の地区に紛れ込もうものなら、白い目で見られるだけなら良い方で、叩き出されることもありうる。ましてウドは浮浪児だ。いい顔をされるはずがない。
しかし、そんな事情をユーナは知らない。
「どうして、つまみ出されるの?」
ユーナは素直に疑問を口にした。
「どうしてって、そりゃ、俺みたいのは嫌われ者だからさ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
怒っている訳ではないが、ウドは声を大きくする。
そう言うものなのだと理解するしかなかった。
「一応訊くけど、ユーナの家に男の子供用の服なんて無いよな?」
「ないと思う」
「だよなあ……」
「何で服が必要なの?」
「そりゃ、借りて着るのさ」
「なんで着がえるの?」
「そりゃ、こんな格好で中流地区に行けないからさ」
ウドは色あせて擦り切れだらけの自分の服をつまんで見せる。
「……ウドが行けないのは服が問題なのね?」
貧民地区の住民が中流地区の中に入り込むには、それなりの身嗜みをしないとすぐにバレる。だから、自分たちよりはマシな服を着ているユーナに頼ろうとしたのだ。でも、残念ながら、女所帯のユーナの家に男服は無い。
「だったら、ルーが代わりに衛所に行けば?」
「……わたし?」
驚いたルーが人差し指で自分を差す。
「うん、そう。ルーだったらあたしの服を貸せるし」
「おお、そりゃ良い考えだ!」
ウドが賛成する。
「……でも」
ルーは上目がちにウドを見た。その意味を察したウドは腕を組む。
「確かにルー一人だと心配だな」
ルーは不安げに無言で頷く。
「うーん」とウドが唸る。
「あたしも付いてくよ。二人だったら少しは安心でしょ?」
ルーがにこりと微笑んだ。それを見てウドは安心したようだった。
「ユーナすまん、頼まれてくれるか?」
「なんとかなるでしょ」
ユーナは胸を張って請け負った。
「あ、でも中央広場ってどうやって行けば良いのかな」
広場がどの方角にあるのかさえ判らない。
「俺が知ってる。途中まで連れてってやるよ」
今度はウドが胸を張る番だった。
「判った。いつにする?」
「明日はどうだ?」
「大丈夫」
「じゃあ、明日また来る。またな」
そう言ってウドとルーは姿を消した。




