泥棒
さて、ウド達が現れてから二日後、ユーナはいつものように裁縫の練習をして、飽きが来た頃に外に出て近所の子供たちと遊んだ。
夕ご飯になる前に子供たちは家に帰り、ユーナもイルザが戻ってくるより先に家に帰った。
家のドアを開けて、目に飛び込んできた光景にびっくりした。
椅子やテーブルがひっくり返され、食器は散乱、ベッドもぐちゃぐちゃにされている。
何が何だか判らないまま呆然としていると、イルザが帰ってきた。
「どうしたの、これは!」
その声は叫びに近かった。
ユーナは自分の所為にされるかと思い、びくびくしながらイルザを見上げる。
するとイルザは、
「どういうことなの?」
眉を寄せて怖い顔はしているものの、声は責めている訳ではない。ユーナはほっとして首を振った。
「そうよね、あなたのはずがないわね」
「どうして判るの?」
「子供の力でテーブルをひっくり返せる訳がないでしょう。つまり、誰かが泥棒に入ったのよ。……まったく、うちに盗る物なんて無いだろうに」
イルザはため息を付いてから、片付けを始めた。テーブルと椅子を元に戻し、ベッドを整える。ユーナは井戸から水を汲んできて食器を洗った。
「あれ、おかしいわね」
戸棚の中を確認したイルザが呟いた。
「どうしたの?」
「食べ物がそのまま残ってるのよ。空き巣の狙いはそれだと思ったのに」
貧しい地区でも住民の間にルールはあるから、盗みを働いたと知られれば袋だたきに遭う。それを覚悟の上で盗むからには、相当に切羽詰まっているはず。
そういう人が手に入れたいと思う物は、たいていの場合、金目のものではなく、食べ物だ。直接的に生き延びる為の物を探す。
入り込んだ泥棒はそれをしなかった。
ということは、目的は他にある。
ユーナははっとなった。
もしかして……。
そう思って、ベットの下に潜り込み、さらに外れかかった床板を剥がす。そこには、緋針が隠してあった。
幸いなことにそれはそのままそこに在った。
ほっとして、床板を戻し、ベットの下からのそのそと出てくると……目をつり上げたイルザがそこに居た。
「何を隠しているの⁈」
「な、何もないよ?」
ユーナは頬を引きつらせて答えた。
「ほほう、答えないというなら、わたしにも考えがあるわよ?」
「ほんとに、何もないよ?」
イルザはしばし沈黙する。
「判った。そう言うことなら、ちゃんと答えるまで食事抜きだからね」
「え?」
「嘘つきに食べさせる食料はないの!」
「そんな!」
食事抜きというのは、ひどい仕打ちだとユーナには思えた。育ち盛りということもあって、いつもお腹を空かせていたのだ。
自然と涙目になる。
「泣いても駄目。隠している物を見せなさい」
ユーナはすぐに折れる。
「……預かり物なの。取り上げないでくれるなら見せる」
「判ったわ」
言質を取ったことで安心し、もう一度ベットの下に潜り込む。そしてそこから緋針を取り出して見せた。
「隠してたのは、これ」
手のひらに乗せてイルザに見せる。
彼女は一瞬、訝しむ表情でじっと細い棒を見つめた後、大きく目を見開いた。
「これはまさか緋針? どうしてあなたがこんな物を?」
「預かった物なの! だから、見せるだけね」
そう言ったユーナは緋針をぎゅっと握って背中を向け、イルザから隠した。
「あ、ちょっと待って……」
イルザが言うのも聞かずに、ユーナはまたベットの下に潜り込む。
イルザは足を掴んでユーナを引っ張りだした。
ユーナが不信の眼差しを向けると、イルザはため息をついた。
「別に取り上げたりしないから安心しなさい。それで、それをあなたに預けた人は誰?」
「ウド」
「それは誰?」
「教えられない」
口をきゅっと結んで抵抗する。
「前に言っていた、友達になった浮浪児ね」
ユーナは言い当てられたことにびっくりして「なんで判るの?」と叫んだ。
「大人をなめるんじゃない。それで、これは盗んだ物なの?」
「判らない」
「判らないって……?」
「ほんとに判らないの。二日前にウドとルーが来て『預かってくれ』って言って置いてったの」
「だったら、盗品の可能性が高いわね。こんな危険な物をいったいどこから……。ともかく、これは早く返してきなさい。それで、捨てるか、元の持ち主に返すかしなさいと、伝えなさい」
「売るのはダメなの?」
そうすれば、ウド達は貨幣を手にできる。少しは暮らしも楽になるに違いない。
「売るのは止めなさい」
イルザの返答は無情だった。
「この棒、価値がある物んでしょ?」
「確かに価値はあると思う。でも、売れないと思う。こんな物、売る方にも買う方にも危険だから」
ユーナは『こんな物』の意味が判らなかったが、ともかくヤバいものだということは理解した。そしてもう一つ判った。
そんなものを渡してしまっては、ウド達の身が危うくなる。
「返すのはダメ」
「どうして? 危ない物だって言ったでしょう? また泥棒に入られたらどうするの」
イルザは不満そうに訊いてきた。
その問いには答えず、
「泥棒がまた来るとは思えない。だって、見つけられなかったんだもん、この家には無いと思ってるはずだよ」
「……一理あるわね」
「でしょ」
「判った。でも、それでも早く返してしまいなさい。それからこれは衛所に持って行くように伝えなさい」
「どうして?」
「持っていけば良いことがあるから」
とイルザは説明を避けた。
緋鋼製の拾得物を衛所などしかるべきところに届けると、代わりに50シリング貰える。
その金額は貧困層にとってはかなりの高額だった。
だから、緋針を巡って奪い合いが発生する可能性がある。イルザは、それを知っていて、いざこざに巻き込まれるのを危険と言ったのだ。
ここで自分で衛所に届けて金をせしめようと考えないあたり、イルザは真面目な人だった。
緋針を取られないと判ってほっとしたところで、ユーナはようやく疑問が湧いた。
「緋針って何?」
イルザは面倒くさがらずに教えてくれた。
魔物を狩るための道具であること。
本来、呪猟士が持つ物であること。
平民が手に入れられるものではないこと。など。
イルザがどうしてそんな知識を持っていたかは不思議には思わなかった。




