関係の始まりは誤解と共に
さらに加えて、帝国貴族の統合を進めたい気運が高まるような、外的要因がある。
クヴァルティス帝国の北に位置するゲイルゴーラ王国。帝国と王国は長きに渡り、2国の間に広がるセーネイア大森の領有を巡って何度も剣を交えてきた。
現皇帝ヨセウスの御世になってからは収まっているものの、最近になってゲイルゴーラに動きがあるという情報ももたらされている。
つまり、戦争が近付いており、そのための準備に入るべきだ、という認識も、貴族達の間には広がりつつある。
「包み隠さずに伝えると、まあ、そんな状況というわけだ、娘よ」
「……」
ユーナは何も答えることができなかった。
リーズ家のための政略結婚の駒として使われる覚悟はしていたが、まさか、帝国貴族全体の意識変革のための駒にされているとは、さすがに想像していなかったからだ。
正直、話が重すぎる。
だが、重すぎるからこそ、簡単に婚約破棄と言う訳には行かなさそうだ、とユーナは理解せざるを得ない。
それともここは、子供の特権として、嫌がってみせるべきだろうか。
そんなことも思い付くが、実行に移すことはどうしても躊躇われる、養女という立場では。
ただそれでも、隙あらば破棄を狙うくらいはしても良いだろう。つまり長期戦の覚悟が必要。
そのためには、想いを心の内に秘め、表面上は養父ザツィオンの意志に従うよう振る舞う必要がある。
……などと考えているユーナだが、本当の本心で婚約破棄を望んでいるかというと、その後のレオンハルトとの関係を鑑みるに、そうではないと読者ならお判りだろう。
「事情は、理解致しました。お養父様のお言葉、心に留めておきます」
「そうか!」
養父ザツィオンは、嬉しそうに頷くが、ユーナは『承知した』とは一言も言ってはいない。
兄ザツィオンは、そのことに気づいたようだが、小言を言うつもりはないようだ。
「では、一時、儂と息子は席を外す。順番が前後したが、新リッツジェルド伯爵から、君に話があるとのことだからね」
養父ザツィオンは、そう言って兄ザツィオンを誘い、客室を出て行った。
それと入れ替えになるように入ってきたのは、レオンハルト・リッツジェルド。
ユーナはソファに座っていたのだが、レオンハルトは座らず、ユーナの前に跪く。そして、真正面からユーナの瞳を見つめて、済まなさそうな表情で、
「ユナマリア嬢、君に知らせないままに全てを進めてしまったことを、まずは謝罪させて欲しい。だが……」
と、続くはずだったレオンハルトの声は遮られる。
「そうね、どういう理由があるにせよ、当の本人に何の相談もなくお話を進めるのはどうかと思う」
レオンハルトは、言葉を止められたことに面食らった様子だったが、すぐに立て直した。
「済まなかった。この事については何度でも謝罪しよう」
「……謝罪は受け入れます、あなたにとっても、この婚約はどうしようもないものなのでしょう?」
レオンハルトは、今度は意表を突かれたような表情を一瞬見せる。
「それは、術門貴族と武門貴族の和解のことを、言っているのかな?」
「それと、その和解が今、必要な理由もね。なんであたしとあなたなのかは、納得いかないところが無いでは無いけど」
「……それは、リーズ家ご当主から聞いたのかな?」
「そうだけど……?」
レオンハルトの表情が、剣呑さを帯びる。いや、優しい表情のままなのだが、何となく、怒っているような印象なのだ。
ここでレオンハルトの心情を説明しておこう。
レオンハルトにとって、術門貴族と武門貴族の和解と、対ゲイルゴーラ王国の為の結束というのは、ユーナとの婚約のための方便に過ぎない。
つまり、伯爵である自分と、侯爵令嬢たるユーナ、
術門貴族の当主たる自分と、武門貴族令嬢たるユーナ、
2人の間に存在する、それなりに高い垣根を取り払うための方便。
もちろん、和解や対ゲイルゴーラ王国のために、この婚約が意義があることはレオンハルトも承知している。
しかし、それは彼にとっては、婚約の主たる理由ではない、というか、理由ですらない。望んでいるのは、純粋にユーナとの婚約なのだから。
だが、どうやら、このご令嬢は、養父からの説明を真に受け、この婚約があくまでも政略的なものと解釈している。
本来ならこの場で誠実に謝罪し、その上で、彼女の愛を請うつもりだったのだが……そうしてしまうと、彼女は自分の愛が真実のものだとは気づいてくれないのではないか。
そう、このご令嬢は、思い込んだらそのまま突っ走るし、他人をすぐに信用するところがある。自分は用心深いと思っているが、どこか抜けている所為で、用心深さからはほど遠い。
こんなご令嬢だから養父の説明をそのまま信じ込んでしまっているに違いない。
それに、自分の感情には疎いところもある。
つまり、今、何を言っても、彼女には本当の意味で自分の言葉は伝わらないだろう。
困った人だ……。
いや、そんな人に惚れた自分の負け、か。
レオンハルトは、そんな風に思い直す。そして、自身の本心をちゃんと告げるのは、ずっと後回しにすることに決めた。
ただ、その所為で表に出せなくなった恋愛感情が少し屈折してしまうとは、この時のレオンハルトも想像できなかった訳だが。
「ふう」とレオンハルトは、ため息を付く。
ユーナから見ればそれは、自分に呆れた時にレオンハルトがよくやる仕草だったので、何が良くなかったのかと想像してみるが、特に思い当たる節はない。
「確かに、門閥間の和解や、対外的な問題への対処という面はあるが、俺にとってはそれだけではない、と言うことは、理解しておいていただきたい」
レオンハルトにとって、今はそれが言える精一杯だった。
ユーナがそれを素直に受け止めなかったのは言うまでもなく、どのように曲解するに至ったかは、その後の2人の関係から想像いただくより他に無い。
水と炎と決別と 了
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
過去編がかなり長くなりましたが、いったんここで終了とさせていただきます。
何かネタを思い付いたら書きつなごうと思います。
なので、当面は完結にはしないでおきます。
今後はティレリアとはまったく別のシリーズを投稿します。SFのようなファンタジーのような話です。
ティレリアと同様、小説家になろうの流行りからはかなり外れたネタですが、もしよろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。




