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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
水と炎と決別と。
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婚約認証の儀を発端とするリーズ家の内紛

「ならば、このままとしよう」

養父ザツィオンが告げる。

ユーナにとって、その言葉は、繋がった会話として理解できなかった。だが、一方で当主たるザツィオンがそう口にして言ったのだから、もう受け入れるしかない、とも解釈した。貴族の娘としての人生を受け入れた時点で、恋愛とは無関係の結婚は現実の物とものして覚悟しているつもりだ。

その相手が友人として付き合っていたレオンハルトになるとは思いもしなかったが。

ユーナは自分の中に、何とも形容しがたいモヤモヤしたものを感じずにはいられなかった。

恥ずかしいような、イヤなような、むず痒くて、それでいて幸せなような。

これまでまったく一度として経験したことのない感情のごた混ぜに、ユーナは深く考察するのをやめ、一言で結論付ける。


うん、いつか、婚約破棄を狙おう。


とりあえず、そう決めてしまうと、何故かモヤモヤも少し収まった気がしてくる。


リーズ家の面々が家族の信頼関係の危機を何とか乗り越えようとしている間にも、陛下とレオンハルトの会話は続いていた。

「つきましては、婚約者と共に陛下に拝謁いたしたく」

「もちろんだ!」

皇帝陛下はかなり乗り気な声で、宰相に合図するように頷く。宰相はそれに無言で頷き、

「ユナマリア・リーズ、陛下の御前へ出ませい」

と告げる。

名前を呼ばれた以上、ユーナは御前に姿を出すしかない。どんどんと外堀が埋められて行っている気がするが、ここは従うしかない。その場に居るのに出るのを拒めば、不敬と取られかねないのだ。

「行って来なさい」と兄ザツィオン。

「ここで見守っておるぞ!」と養父ザツィオン。

見守られても何の足しにもならないんだけど。と言うツッコミは心の内で済ませ、ユーナは列を離れ、レオンハルトの半歩後ろの位置に進み出て、淑女の礼で皇帝陛下にお目通りする。

「ユナマリア・リーズでございます」

「うむ……」

と頷いた陛下は、しばし沈黙。

何事かと思ってユーナが目の端に陛下を姿を捕らえると、

「これより後、我が帝国は新たな時代を迎える、その先駆とならんとするそなたの意志と覚悟に、余は感服した。2人の新たな関係に、余からも惜しみない祝福を送ろうではないかっ!」

「ありがたき幸せ」とレオンハルト。

ユーナはレオンハルトが礼をするのに合わせて、無言で礼をした。


爵位継承の儀が終了し、広間を後にしたユーナ達リーズ家の3人は、帝宮内の客室で休みを取っていた。ユーナが座る長ソファには兄ザツィオンも座り、その対面のソファには養父ザツィオンが座り、3人とも珈琲を飲んでいる。

「ユーナは歳に似合わず、堂々としたお目通りだったな!」

満足げに言う養父ザツィオン。

「1つ、お聞きしてもよろしいですか、お養父様⁈」

地獄の底から響くような声……になっているかは不明だが、ユーナの気分としては、まさにその形容が相応しい心情だった。

「何かな?」

ユーナの気分を推し量ることができない養父は、あっけらかんと聞き返す。一方の兄ザツィオンは、ユーナのおどろおどろしい雰囲気を敏感に感じ取り、自分のの気配を消し、空気になるよう徹していた。

「どういう経緯で、レオンハルト様との婚約が決まったのでしょうか。というか、どうして当事者のわたしにまったく相談もなかったのでしょうかね? 確かにわたしも、侯爵家の令嬢であるからには、想像してみたことも無い(作者註:この一節、声が裏返ってます)、殿方との婚約くらい覚悟しておりましたが! それがどうまかり間違えれば、依りも依って悪友の術門伯爵閣下がお相手となるのでしょうかね?」

「いやだって、前もって伝えたら徹底抗戦しただろう、お前」

「当然です。……それが判っていて、それでも無理に推し進めたからには、相応の理由があるのですよね? お聞かせいただいても? というより、わたしには、お聞きする権利も義務もあると思いますが?」

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